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予防医療の力を高める、ヘルスチェックを手軽に

ここ数年、予防医療に対する動きが盛んになってきている。
2014年4月、予防医療をリードする人材育成に取り組む一般社団法人日本予防医療協会が設立された。2016年には堀江貴文氏が立ち上げに携わったことでも話題になった、予防医療普及協会が設立されている。

その数年前から、予防医療を目ざして日常の延長上で行われる健康測定会が、東京、大阪で始まっている。東京ではケアプロ株式会社が、大阪では認定特定非営利活動法人である健康ラボステーションが、街中や駅中、薬局、ショッピングセンターなどで、短時間・低価格で利用できる健康測定会を実施している。

企業・市町村の健康診断がある中で、こうした健康測定会の実施が増えている理由について、高齢者をターゲットとして考えてみよう。

高齢者の関心事は、「健康」
高齢者の関心事の1位は、多くの人が想像するとおり「健康」である。

ソニー生命保険株式会社調べ 『シニアの生活意識調査2016』2016年12月発表

健康状況についてみてみると、65歳以上の有訴者率(人口1,000人当たりの「ここ数日、病気やけが等で自覚症状のある者(入院者を除く)」の数)は男性417.5、女性468.9。75歳以上では男性480.5、女性522.5。半数の人が何らかの自覚症状を訴えている。

平成28年度「国民生活基礎調査」(厚生労働省)

人口1,000人に対して示される通院率を見てみると、65歳以上の男性は681.7、同女性は690.6。通院者率の上位傷病は、男女ともに高血圧症が第一位(9歳以下から80歳以上の全世代を通しての数値)。

平成28年度「国民生活基礎調査」(厚生労働省)

しかし、こうした健康意識や自覚症状がある一方で、健康状態については楽観的だ。

平成28年度「国民生活基礎調査」(厚生労働省)

平成28年度「国民生活基礎調査」(厚生労働省)

65歳以上の場合、男性で8割近い方、女性で75%くらいの方が、「自分は健康」と思っている様子。それもあってか、健康診断に対する高齢者の行動は低調気味だ。

気になるのに、検診を受けていない高齢者

平成26年度 特定健康診査・特定保健指導等の実施状況(厚生労働省)

後期高齢者医療制度への支援金は、特定健診の実施率によって保険者ごとに変動する。この支援金を低くするために、多くの健保組合では特定健診の実施率向上に積極的に取り組んでいる。一方、多くの高齢者が加入している市町村健保組合では組織だった活動が難しく、健診への積極的支援・動機づけが弱い。個別に電話や訪問による介入活動を行っている市町村もあるが、多くは個人の意識と行動力に委ねられている。

では、なぜ高齢者は健康に関心がありながら、健診を受けないのか。

平成28年度「国民生活基礎調査」(厚生労働省)より

持病を持っていたり定期的にかかりつけ医に診てもらっていたりする高齢者は、病院に行く頻度が高い。持病の検査で健康診断を賄えると思っていなくても、定期的に医院に行くことで何となく安心感を得ている人は少なくないかもしれない。

65歳以上の方が検診に行かなかった理由のうち、「時間がとれなかったから」「めんどうだから」「費用がかかるから」の合計は、27.6%。日常生活の延長上に「手軽な健診」が存在すれば、健康に対する高い意識を行動に変換しやすくいのではないだろうか。

こうした視点から、気軽に健診を受けて医療のプロからアドバイスをもらえる仕組みが事業化してきている。

買い物ついでに寄れる、健康測定
大阪の認定特定非営利活動法人 健康ラボステーションは、手軽に安く健康をチェックできる環境を提供している。梅田グランフロント 大阪市立大学健康イノベーションセンター内にて、毎月第3水曜日に健康測定会を実施。加えて大阪近郊の地方自治体、医院やショッピングセンターやスポーツジムで行われる健康イベントでも、健康測定会を実施している。

同法人の理事長、浦田千昌氏に詳細を伺った。


健康ラボステーション理事長 浦田千昌氏

測定内容は、約70項目の質問に答えて必要な栄養素や健康課題を数字やグラフで表示するHQCチェック、糖尿病検査に用いられるHbA1cやコレステロールの測定、骨密度、テレビ番組等で多くの方に認知され始めた血管年齢や血流測定など。300円から2000円程度で利用でき、その結果をふまえて管理栄養士や薬剤師など、医療のプロからアドバイスをもらうことができる。

スタッフが採血位置を確認、専用キットで自己採血。

利用者の9割は60歳以上の方。測定時のアンケートによると、市町村の健康診断などを受けていない方が少なくない。

しかし参加者の多くは、自身の健康に興味はある。興味があるから出かけ先にさっと寄って、話を聞ける測定会を利用している。短時間で検査を受け、その場で結果とアドバイスを得られることが、シニアに支持されている。HbA1c測定機器を設置している調剤薬局店スタッフによると、同機器の利用者は少なくないという。病院で同じ検査を受ければ後日通院して結果を聞くところ、同店の測定器であればその場で結果が分かる。健康は気になっているし、手軽に計測できるなら計測して確認したいと思っているのだ。

先ほどの「なぜ健診を受けなかったのか」という問いに対する「時間がとれなかったから」「めんどうだから」「費用がかかるから」という理由に対応した環境が、健康測定に対する態度を変えている。

行動変容を起こす、数値とアドバイス
測定会で気になる数値がでた場合、アドバイスと病院への受診勧奨が行われる。

アドバイスにおいて、次に参加する測定会日を目標に定め、それまでに具体的に生活習慣を変えていくことを提案する場合もある。現状の状態が数値で見えることにより目標を設定でき、改善案が示され、今日から改善を始められる。「見える化」が人の心を動かし、スタッフによる個別の提案が行動を起こさせている。

今すぐできる環境を整えることで、先延ばししない、行動変容が起こりやすくなる。

さらに管理栄養士によるセミナーや、協働者である「日本姿勢と歩き方協会」によるウォーキング教室も開催し、健康に対する知識や意識が高まるイベントとなっている。

■健康測定会において得られる、行動変容のチャンス

地域の予防医療の力をあげる
予防医療の第一歩は、健診。早くに分かればその分、よい方向に向かう可能性は高くなる。

浦田氏がこの事業を立ち上げたきっかけは自身の父親を肝臓がんで亡くしたことがきっかけという。もっと早くに発見できていれば、健康診断をきちんと受けていれば、という思いから、健康測定を身近なものにしようと立ち上げた。


勤務先の調剤薬局チェーンに提案した2010年は、まだ健康寿命の認識が薄い時代。薬局チェーンとは別組織のNPO法人としてスタートした。支援してくれたのは、予防医療の重要性に共感する医師たち。その考えは「治療はできても、モトには戻らない病気も多い。やはり“予防が第一”」という。もちろん、医師でない医療スタッフが測定結果を示すことについて懸念を持ち、反対する意見もある。だからこそ、浦田氏たちは測定の意味や結果は伝えても診断はしない。必要な場合は受診を勧奨している。そうしたスタンスで続けているから、これまで延べ4万人の測定について、クレームが起きていない。(2017年7月19日時点)

2012年、アベノミクスにおける成長戦略の一つに「健康・医療」が位置づけられ、健康寿命の延伸に対して社会的注目が高まった。企業の健康経営の手段として、また集客イベントとして、多くの企業や地方自治体から健康ラボステーションへ、健康測定会の実施依頼が絶え間なくきている。

このニーズに対応するためには、多くの医療スタッフが必要になる。そこで浦田氏が勤める薬局チェーンの薬剤師が、ボランティアスタッフとして参加。薬局チェーンの目的は、薬剤師のコミュニケーション能力を向上させることだ。

今後、超高齢社会に向け、調剤薬局は地域医療において重要な役割を担う。スタッフには、処方箋を介さないでもコミュニケーションをとれる能力が求められる。そこで薬局としての人材育成に、この測定会を活用。健康測定会で来場者の健康意識や生活の様子をヒアリングし、結果に応じてアドバイスをする。今後の調剤薬局に求められる、健康づくりと予防医療を主体としたコミュニケーション力を培っている。

同士をつくり、予防医療を各地域へ
最近は近畿に留まらず、多様なエリアから開催の依頼がきている。しかし機材はレンタルできても、交通費や時間コストを考えるとスタッフの派遣は難しい。健康ラボステーションの近畿における活動は、多くのボランティアスタッフで成り立っている。それを他地域でも行うのは、現実的ではない。

そこで「アドバイザー養成講座」を開設し、健康ラボステーションの精神と測定スキルを身につけ、予防医療の話ができる人材を各地に養成することを始めている。現在のところ受講者は看護士やヘルパーなど、医療や介護の経験を持っている人やヘルスケア産業に携わっている人が対象だ。

今後、健康ラボステーションの予防医療事業は、大阪近郊だけでなく、より多くの地域の予防医療力を向上させるだろう。

「測定」と「測定者との関係づくり」が、
予防医療に役立つ商品・サービスに繋がる

「すべて、“測る”ことから始まります」という健康ラボステーション浦田理事長。「測る」重要性に加えて、測った後の行動変容についても取り組み始めている。

健康ラボステーションでは、エクセルデータで保持している測定結果をデータベース化。「測定者の食生活や運動習慣と測定数値、アドバイス。定期的に測定会に参加してくれている人については測定後の行動変容、次回の測定結果」という経年評価としても活用できるデータにして保持する計画だ。

測定時に、個人が識別・特定できないように加工して分析・研究・新規サービスへの開発に利用することについて、同意を得ている。これらデータを活用し、企業や大学とともに健康増進に役立つ商品・サービスの研究をしていこうとしている。健康づくりに貢献する商品やサービスが開発されたら、健康ラボステーション会員をはじめ、社会にその成果を還元することも考えられる。


「また私の顔を見に来てくれる?」と言いながら、スタッフは測定後、帰宅する方に声をかける。
測定時に、スタッフは測定者といろいろな会話をする。50代・60代で参加される方には、連れ合いを亡くされた方も少なくない。身近な人の死と直面することで自分の健康を改めて見直して、元気に生きていこうと思い参加される方が多い様子がわかるという。

測定者の気持ちや悩みを受け止め、日常の健康生活を応援する。スタッフと参加者の関係性が築かれている健康ラボステーションで、予防医療が技術面でも心理面でも充実していくことが期待される。

株式会社 日本SPセンター シニアマーケティング研究室 石山温子