
「現役」を離れて見えてきたもの
私は72歳である。
70歳まで企業のマーケティング部門で販売促進の仕事に携わってきた。新商品の発売に合わせて販促企画を考え、チラシやポスターを制作し、時にはイベントの運営にも関わった。仕事中心の毎日だったが、その忙しさに充実感を感じていた。
退職後は地元のまちづくりNPOに参加した。市民向け講座やイベントの企画など、これまでの経験を活かせる場があることはありがたかった。しかし、年齢を重ねるにつれ、自分の中に少しずつ変化が起きていることも感じるようになった。
ワークショップの司会をしていても、複数の人が同時に話すと聞き取りにくい。特に若い女性の高い声は以前より聞き分けづらくなった。企画書を書こうとしても言葉がすぐに出てこない。文章をまとめるのに以前より時間がかかる。
そんな小さな変化の積み重ねが、自信の揺らぎにつながっていた。
AIとの出会いが変えたもの
そんな時に出会ったのがAIだった。
最初は半信半疑だった。AIというと、若い人たちが使う難しい技術という印象が強く、自分には関係のないものだと思っていた。しかし知人に勧められてChatGPTを使ってみたところ、その印象は大きく変わった。
地域イベントのタイトル案を考えてもらう。講座のキャッチコピーを相談する。交付金申請書類の事業目的などの文章を整理してもらう。そうしたことを試していくうちに、AIが単に「答えを出す機械」ではないことに気づいた。
AIは、こちらの曖昧な説明にも付き合ってくれる。何度質問しても嫌な顔をしない。そして、文章やアイデアの“たたき台”を短時間で提示してくれる。
年齢を重ねると、ゼロから考え始めることが負担になる。しかし、たたき台があるだけで思考は驚くほど進みやすくなる。AIは「代わりに考える存在」というより、「考え始めるための補助線」のような役割を果たしてくれる。
「企画する楽しさ」が戻ってきた
イベント企画も変わった。以前なら「予算がないから難しい」と諦めていた広報物も、AI画像生成を使うことで、チラシやSNS用のビジュアルを作れるようになった。構成案やコピーも相談できる。「もう少し親しみやすく」「シニアにも伝わりやすい言葉に」とやり取りを重ねるうちに、再び企画する楽しさが戻ってきた。
私は次第に、AIを「外部脳」のように使うようになった。
聴力に不安を感じていたワークショップでは議論の中身に集中し、参加者の声はボイスレコーダーに録音することに。録音した音声ファイルをGoogle AI studioで議事録化し、それをチャットGPTやClaudにアップすれば報告書が出来上がる。大事な発言を聞き漏らすことがなくなる。
年齢を重ねると、「あの名前が出てこない」「何を調べようとしていたのか忘れた」ということは日常的に起こる。以前はそれを“衰え”として受け止め、多少イラっとしながら思い出す努力をしたり、思いつくワードで検索したり、諦めたりしていた。
高齢者に必要なのは、若返ることではない。能力の変化を前提にしながらも、社会との接点や役割を維持できることである。その意味でAIは、高齢者と社会をつなぐ橋渡しの役割を果たしているように感じる。

孫との距離も縮めてくれた
AIに助けられているのは、地域活動だけではない。
私は孫への誕生日プレゼント選びにもAIを活用している。年齢が離れると、今どんなものが人気なのか分からない。以前は店に行っても判断できず、結局無難なものを選んでしまっていた。
しかし今は、「小学校高学年の男の子に人気のもの」「ゲーム以外で喜ばれるもの」「予算5000円程度」といった条件をAIに相談することで、候補を整理できる。スポーツブランドのボディバッグを推してくれたが、どのブランドを買えばよいかわからない。そこは孫と相談。共通の話題ができ、孫との距離感も以前より近くなったように感じている。
私はここでも、AIが単なる検索ツールではないことを実感した。AIは、高齢者と“今の時代”をつないでくれる存在でもある。
AIと一緒に旅をする
若い人は「発見、刺激、共有」を旅にも求めるけれど、高齢者は「安心、味わい、思い出の振り返り」を求めたりする。そういう意味で、私は旅先で、古い建築を見たり地元の人が行く喫茶店に行ったりするのが好きだ。
体力には自信がある方だが、旅行ともなると正直できるだけ安心安全な計画をたてたい。いろいろ行きたいけれど、歩く距離は短く…そんな条件をAIに伝えながら旅程を組み立てると、自分だけでは気づかなかった視点が見えてくる。
旅先でも、建物の歴史や土地の背景、地域文化についてAIに質問することで、旅行が単なる観光ではなく、「理解する旅」に変わっていく感覚がある。
実は、高齢者こそAIを活かせる
最近、私は「高齢者こそAIを使えるのではないか」と感じている。
AIを活用するためには、単なる操作能力だけではなく、「何を知りたいのか」「何を実現したいのか」を言葉にする力が必要になる。そのためには、人生経験や人との関わりの蓄積が大きな意味を持つ。
長く仕事をしてきた経験。地域活動で培った対話力。人との距離感。相手の立場を想像する力。そうしたものが、AIへの問いかけの質を高めているように感じる。
若い人は操作に強い。一方で、高齢者は人生経験という“文脈”を持っている。その経験値こそが、AIの能力を引き出す重要な要素になる。プロンプト=問い方によって、AIの特性を生かし、高齢者はより豊かな日常を実現できる回答を得られるかもしれない。
※この原稿、冒頭ビジュアルも72歳である筆者とチャットGPT、Claudeとの対話で作成された。
株式会社日本SPセンター シニアマーケティング研究室 特別顧問 村井直也
2026年6月18日
2025年10月14日
2023年11月24日