シニア市場に特化した
調査・分析・企画・
コピーライティング・デザイン

株式会社日本SPセンターが運営する
シニアマーケティングに関する専門サイトです。

コロナワクチン接種が証明したシニアのデジタル対応力

 新型コロナワクチン接種が順調に進んでいる。接種対象になっている医療関係者は2月17日から始まり、現在1回目が509万6352人、2回目が372万6971人、4月24日から始まった高齢者は1回目が1012万6911人、2回目が143万3378人、高齢者での接種率は1回目が27.29%、2回目が3.84%である(2021年6月9日現在、政府CICポータルより)。
※対象高齢者数は35,486,339人、昨年9月に発表された我が国の高齢者人口3617万人より少ないのは、前者は総務省が公表している住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数内の【総計】令和2年住民基本台帳年齢階級別人口(市区町村別)に基づいており、後者は総務省統計局の人口推計に基づいているためである。

政府CICポータルより

 ほぼ3か月で約3600万人(接種率100%として)の高齢者にワクチン接種を終えるというのはかなりチャレンジングな事業といってよい。それを成し遂げるには、ワクチン供給、打ち手の確保、会場の手配、予約システムの準備など、様々なハードルをクリアしてゆかなければならない。

 接種がこれまで順調に進んできたかというと、意見の分かれるところだが、ここにきて必要な量のワクチンが確保できたことや、政府が1日100万回の目標を掲げ、オリンピック開催をにらんで自治体へ強力に接種推進を行っていることもあり、最近では高齢者だけで1日に当たり約50万回を超える接種を実現している(医療関係者を併せると約80万回)。
※ワクチン接種円滑化システム(V-SYS)へ報告は遅れている自治体もあるので、実際はもう少し多い可能性がある。

 当初、ワクチン接種について、他の先進国に比べ接種が遅いといったことや、予約に関するトラブルが報道され、そのやり方に批判も寄せられた。しかし、総務省・厚生労働省の6月2日の発表によると、高齢者に対する新型コロナワクチン接種は自治体数 の98.7%、全国の高齢者人口の98.4%に7月末までに2回目の接種を終える見込みという。
 すでに64歳以下への企業や大学での集団接種も開始も見えてきたので、さらに接種のスピードは上がってくると予想される。

 この事業で私が注目したのが、「高齢者によるワクチン接種予約」についてである。先ほど述べたようにこの事業を円滑に進めるための要素はさまざまあるが、3600万人の高齢者がどのようにしてワクチンを接種する日時、場所を予約するのか、が大きなポイントとなっていた。これは言い換えれば、高齢者と接種事業者(主に自治体)とのコミュニケーションの問題と言いかえることができる。

 ネットがすっかり社会に定着している今、ネットを利用した予約システムを使わずに、1日100万回の接種の予約をさばくことは到底、考えられない。ただ、若い世代ならスマホで簡単にレストランを予約するように、ワクチン接種の予約も可能だろう。しかし今回の相手は3600万人の65歳以上の高齢者である。

 私はこのことが日本の高齢者のデジタル対応力を試す、大きな実験であったと考えている。65歳以上の高齢者のネット利用率は令和元年で72.4%、後期高齢者といわれる75歳以上でも62.9%(総務省の「令和元年度 通信利用動向調査」による)。令和3年現在では65歳以上では8割を大きく超えているのは確実だろう。

総務省「令和元年度 通信利用動向調査」

 もちろん、申し込み方法はネット利用だけではない。ワクチン接種については各自治体に任せる、という法的なルールがあり、東京と大阪での自衛隊による大規模接種を除いては、自治体の対応もさまざま、という結果になっている。

実際に多くの自治体のWEBサイトでワクチン予約の方法を調べてみた。
1) ネット(WEBサイト経由)
2) ネット(スマホでLINE経由)
3) その両方
4) 電話(コールセンター)
5) 電話、訪問(かかりつけ医への直接予約、依頼)
6) FAX(ほとんどが聴覚障がい者専用)
7) 郵送
の組み合わせ、もしくは全部であった。
※自衛隊による大規模接種の予約は当初、3)のWEBサイトとLINEのネット利用のみ。6月12以降、予約にゆとりが出てきたので電話での予約対応も行っている。

 電話での予約というアナログな方法での予約もかなりの数あったと想像される。加えてかかりつけ医への予約はネットリテラシーのある高齢者でも受け手の事情で電話でしかできない、という事情もある。

 本来ならば、ワクチン接種した高齢者に対してどのように予約をとったか調査すればよいのだが、現在の一般的な調査手法がネット経由のため、この調査テーマではそれを利用することは難しい。今後、電話による聞き取りや、公的機関による訪問、郵送といった調査結果を待つしかない。

 デジタル改革担当大臣はワクチン接種会場でアンケートを実施すべきだった。そうすれば、今の我が国の高齢者のデジタル対応力をかなり正確に把握できるチャンスだったのが…。

 そこで、これまでに報道された事例を分析しながら、今の日本の高齢者のデジタル対応力がどの程度進展しているのかを考えたい。

まず、電話とネットの予約の割合だが、数字として報道されたものは3例見つかった。いずれも集団接種で、かかりつけ医への予約は含まれていない。

1) 滋賀県湖西市:初日の予約数は約3500人で、ネット予約が9割以上を占め、電話は253人。
2) 神奈川県森町:15日の予約開始日に約4時間半で4、5月分の定員が埋まった。電話が混雑する一方で、無料通信アプリ「LINE(LINE)」での予約は混乱も少なく、全体の約7割を占めた。
3) 兵庫県神戸市:4月20日の受け付け開始以来、電話が殺到し、応答率は10%以下の状況が続く。市は26日時点で約8万6千件(対象者の36%)の予約を受け付けたが、内訳はネットが約8割で、コールセンターは2割程度

 電話の設置回線にも左右されるので、これらから断定はできないが、効率としてはネットの方が優れているので、電話よりネットでの予約が上回っていると想像される。

 しかし、ネットが使えない、慣れていないため予約が取れなかった高齢者もいたことは間違いない。新聞報道による取材対象者の年齢を見るとほとんどが70歳以上、80歳代も多い。

・Kさん(山鹿市、女性75歳)「高齢者にはパスワードなんて難しい」
・Dさん(山鹿市、男性72歳)「ネットなんか使いきらん」
・Tさん(立川市、女性83歳)「パソコンもスマホも持っていない」
・Oさん(横浜市、男性87歳)「ネットが使えず、電話だけが頼り。80歳以上の専用ダイヤルを用意するなど配慮してほしい」
・40代女性(盛岡市、母親80歳代)「高齢者には手順も難しい」
・Sさん(大阪市、70歳前半)のように「自治会の役員を務める連絡手段としてLINEに慣れていた」といい、「スマホ操作に慣れていなければ、QRコードを読み込んだりするのに手間取るはず」と自分より高齢の人にはネット予約が難しいのでは気遣っている人もいる。

 スマホアプリ「LINE」での予約を採用している自治体も多い。LINEユーザーのうち、50歳以上は33.9%(2021年1月LINE調べ)。総務省の「令和元年度 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」によると60歳代のLINEの利用率は67.9%。65歳以上の高齢者で子や孫、友人たちとのコミュニケーションにLINEが必要だからスマートフォンに変えた、という話はよく耳にする。

総務省 令和元年度 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書より

 しかし日ごろ、LINEを使っていない高齢者には、アプリのダウンロードから始めるとなるとかなりハードルが高い。自治体のホームページなどには、申し込み方法が掲載されているが、高齢者に配慮されたものとはいいがたい。以下は群馬県の例だが、群馬県に限ったことではない。

●ぐんまワクチン接種LINE予約システム
ア 公式アカウント「群馬県デジタル窓口」を友だち登録(QRコードは以下のとおり)
イ 同アカウントのリッチメニュー(※注)から「新型コロナワクチン接種予約」を選択
※注 「マスクの購入」や「新型コロナまとめページ」などのメニュー選択画面。
ウ 利用規約に同意の上、接種券番号と生年月日で本人確認をし、接種会場や日時を選択して予約完了。
【詳しくはこちらスマートフォン(LINE)による予約方法(PDF:672KB)のイメージ図をご覧ください。

 公式アカウント、友だち登録、QRコード、リッチメニュー、PDF:672KB…慣れない高齢者には訳の分からない言葉のオンパレードで、これではとても一人では予約できない。こうした言葉も次第に一般的になりつつあるとはいえ、今回、見えた大きな課題の一つといえよう。

 「高齢者がネット予約をできない」という報道が多く見られた、実際のワクチン接種の進捗状況をみると、スムーズに予約できた高齢者の方が多いと考えられる。トラブルの原因の多くは、高齢者の「早く打って安心したい」という思いからの「集中による混乱」であった。

 私の住んでいる自治体では、最初はインターネット、電話での予約が先着順だったが、予約開始当初は電話、アクセスが集中。予約できない高齢者から「早い者勝ち」の批判が出て、いまでは、市が日時を指定する方式に変更されている(こうした自治体の例も多い)。しかし、ネットでの申し込み方法がわからないという声は少なかった。私自身もネットで予約を行ったが、ごくスムーズに予約をすることができた。

 最後に、今回の予約についての高齢者の肌感覚を知るために、私の関わっているコミュニティ(60歳代後半が多い。日常LINEを利用しているがネットにはそれほど詳しくない)に今回の予約のことを聞いてみた。混みあってつながらなかったということを除いてほとんどが問題なく予約できていた。

 高齢者の子や孫、友人が、高齢者に代わって予約を代行したケースも多い。自治体もそれを推奨してきた。その点も聞いてみると、70歳以上の高齢者か、自分でもできるが、混雑を予想して家族ぐるみで挑戦するためにといったケースが多かった。

 以上、見てきたように今回のワクチン接種において高齢者のネット利用は、最初の予約集中のトラブルをのぞいては、おおむねうまくいったということができる。予約の集中は高齢者の問題ではない。事業者=自治体や国の対応の問題である。今日(6月11日)には、最初の混乱が嘘のように粛々と接種が進んでおり、すでに話題の中心は64歳以下への接種となっている。

 これらの考察から、当室が提唱している「デジタルシニアの台頭」が証明されたのではないかと考えている。もちろん、問題や課題がなかったわけではない。ネットを利用した申し込み方法がもっとわかりやすかったら、さらにスムーズに進んだだろう。

 申し込み方法を全国で統一すれば、やり方がわからない高齢者も相談しやすかったに違いない。それらの点は事業終了後に、新しいく創設される予定の「デジタル庁」でしっかり分析して、今後の高齢者へのデジタル対応に役立て欲しい。

 今年は少し遅れているが、総務省の「令和2年度 通信利用動向調査」が間もなく発表される。そこではシニアのデジタル対応の進化がはっきり見られるはずである。調査の結果が発表されたら、今回の推論が多い分析がしっかりと数字で証明されると信じている。その結果については、その際に稿を改めて論じさせていただきたい。

株式会社日本SPセンター シニアマーケティング研究室 倉内直也