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高齢者対応が、エイジズムにならないために

 「エイジズム」*という言葉をご存知だろうか。年齢を理由にした偏見や差別をいい、大きく二方向から発生する。

*「エイジズム」は「年齢差別」。年齢を根拠に結婚や恋愛を決めつけた話をしたり、夢を語ることに否定したりするなど、あらゆる年齢差別が含まれるが、この記事では高齢者に絞って話題を展開する。

 高齢者・加齢に対するステレオタイプの思い込み・押し付けには、内から生じるのものと外から押し付けられるものがある。それらは日常的に、密かに、しかし大きく私たちに作用している。
 内から生じるものとは例えば、忘れ物をしたとき、走って息切れがしたとき、「歳をとったから」と自身が思うこと。外側から押し付けられるものとは、自分がいいと思って着ている服を「いい歳をしてそんな恰好をして」と言われたり、「高齢だからもうリーダーは辞めるべきだ」と言われたりすること。看護の場では、幼児言葉で話しかけられたりすることも当てはまる。
 その人の人格に対して発せられるのではなく、年齢から無意識的にとられるエイジズムは、レイシズム(人種差別)やセクシズム(性差別)同様である。しかしその問題は、社会的に置き去りにされている。

googleトレンドにおける過去5年間の検索ワード動向から見ると、「年齢」は相対的に注目度が低い。性・人種に関わらず万人に関係することだが、あまり多くの人の意識に上っていない様子。

エイジズムはなぜ、どこから、生まれるのか

 誰しも加齢にしたがい、心身に変化が生じる。その変化とうまくつきあっていくことが大切だが、それは必ずしも自身をマイナス評価することではないはずだ。年を取ることをマイナスと捉えがちな理由の一つは、これまで社会がつくりあげてきた老いへの偏見・思い込み・差別にある。老人は心身的に劣り、新しい物やことに対応できない、社会的弱者。そんな色眼鏡が、態度やシステムに組み込まれている。
 もう一つは昨今の高齢者を狙った犯罪や、一部の事業者による高齢者を狙った悪質な契約がある。これらの報道についてまわるのが、高齢になると「理解力が落ちる」、「認知機能に課題が出やすい」などのお決まりフレーズだ。加齢に伴い生じる変化や傾向は確かに存在するが、誰にでも同じ状態が起きるわけではない。焦らせて判断を誤らせるダークパターン手法でだます相手は、高齢者に限らない。にもかかわらず、ステレオタイプな拡散で「高齢者≒弱者」「高齢者≒騙されやすい」「高齢者≒理解力が落ちる」をスタンダードとして、社会全体に広めている。高齢者も自分をそのように捉える。
 私たちは既に、「高齢者は〇〇」「歳をとると□□□」といった意識を持ちがちであるところに、必要な注意喚起の報道によって、多くの市民が、社会全体が、ますます一つの方向に流れるのも事実だ。

「高齢者を守る」という行動で、高齢者は思う
「社会的に半人前になってしまった」

 近年、金融庁の監督指針や業界団体(日本損害保険協会、生命保険協会)の行動ガイドライン刷新・追加によって、保険各社は新たなルールを策定している。*
 高齢者を守るために設けている行動規定、方法によっては、高齢者は守られもするが精神的マイナスも受けている。

 現在、保険業界においては募集時に契約者が高齢者である場合、適切な商品を適切に説明し、理解促進のために、複数の対応法が推奨されている。いずれの方法でも構わないが、多くは説明時に「20歳以上70歳未満の親族の同席」を促している。

 この方法の場合、現役世代で忙しい子どもに依頼するのが、親としては心苦しいかもしれない。「あなたの認識は信用できない」と言われている気がするかもしれない。
 実際、新しくこの対応を必要とした高齢者は、加齢に伴う心身の衰えを認識しているが契約内容は理解できていると自信を持っており、「社会的に半人前になってしまった」と深く落ち込んでいた。認知的にも体力的にもなんら課題が発生している様子はない人が、マイナス思考に陥ってしまっていた。

*金融庁  金融サービス仲介業者向けの総合的な監督指針
VI 監督上の評価項目と諸手続(保険媒介業務)
一般社団法人 日本損害保険協会による「高齢者に対する保険募集のガイドライン」
生命保険協会による「高齢者向けの生命保険サービスに関するガイドライン」

配慮か、エイジズムか
「自分で選べる」ことが、鍵

 加齢とともに生じる不自由さを補う配慮は、高齢者に選ばれる事業者になるために必要だ。そしてそれを必要とするかどうかは、選ぶ高齢者によって異なる。だから提供する側にとって、どんな配慮をどう提供するか、非常に難しい。
 そこでひとつヒントになりそうなのが、全国に増えている「スローレジ」(「ゆっくりレジ」「ゆっくり会計」など、呼び方はいろいろ)の考え方だ。京都、岩手、福岡、千葉、今や全国各地で広がっている。

 「スローレジ」は、ゆっくり会計を行う前提だから、並ぶ人はみな急いでいない。レジがゆっくりでも、誰もイライラしない。急いでいる人は、通常のレジに並べばよい。
 つまり高齢者もそうでない人も、選ぶのだ。決して誰にも押し付けない、必要な人が利用する。選択肢が提供されている。こういうことが「合理的配慮」なのではないだろうか。

ポジティブか、ネガティブか
加齢の捉え方は健康行動に影響を与える

 高齢期をネガティブに捉えるか、ポジティブに捉えるかは、シニアの健康行動と健康に関係するという研究結果がある。
 2022年2月の「JAMA Network Open」に、老化に対する満足度が最も高い人は、最も低い人に比べて、4年間の追跡期間中の全死亡リスクが43%低い、という調査分析結果が発表された。全米の50歳以上の約1万4,000人を対象に行われたこの調査では、考え方と健康行動には関連性がある、ということも示唆されている。

 一方で、人の脳は傾向として、良いニュースより悪いニュースに影響されがちと言われている。ヒトが厳しい環境下で生き抜くために、リスクやトラブルに注意を向けるように進化してきた。培われた脳の癖が、現代においても機能しているという。

 高齢者によかれと思って備える配慮の設計には、この点も考慮されることが望ましい。
 高齢者が健康に、前向きに生活できる商材提案に取り組む重要性は、さらに高齢化が進む社会を考えればより一層高まる。加えて10年後、20年後、30年後、40年後の自分のためでもある。

シニアマーケティング研究室 石山温子