2024年11月11日
「終活」。
シニア世代で、この言葉にまったく興味関心のない人は少ないのではないでしょうか。終活という意識がなくとも、多くの人が「老後はこんな暮らしをしたいな」ぐらいは考えることはあるでしょう。
「終活」とは、 ある週刊誌の特集で使用されて広まったと言われています。
当初はどことなくブームのような扱いを受けていた言葉ですが、今ではしっかりと社会に定着したようです。
終活とは~終活の種類~
終活とは、人生の終盤を見越して行う活動のことです。
例えば、心身の衰えによってこれまでのような生活ができなくなる時、死にいたる時、そして死後、自分らしくいられるようにあらかじめ準備しておくことです。
このように、終活と言っても幅広い活動が含まれています。
年を取ると、ほとんどの人が誰かの手を借りて生きていくことになります。
以下の項目を、自分でできなくなった時に、誰にしてもらうのかを決めて、依頼しておくことが終活と言えるでしょう。
1.日常生活に必要な家事全般(掃除、買い物、調理など)
心身の機能低下により、これまでできていた家事ができなくなることがあります。そうなった時に、誰にしてもらうのかを考えなくてはいけません。
「ヘルパーに来てもらったら」と言っても、ヘルパーの手配、契約や支払いは誰がするのかも決める必要があります。
2.入院時の保証人、医師からの説明、付き添い
調査によると、医療機関の65%が入院時に身元保証人を求めています。(2018年 厚生労働省 医療現場における成年後見制度への理解及び病院が身元保証人に求める役割等の実態把握に関する研究)
また、入院中に医師からの説明を聞くことができない状態だったり、聞いても理解が難しい場合、誰かに頼まなくてはいけません。自宅から着替えを運んでもらうという些細なことも、頼める人がいないと困ることになるでしょう。
3.家賃、医療費、介護サービス費、入院費、老人ホームなどの支払い
1.と同様に、心身の機能低下により、銀行やコンビニに行けなくなったら、これらの支払いができなくなります。
4.介護サービス、老人ホーム選びや契約
介護保険制度は複雑で、サービス内容も多岐に渡ります。
介護保険サービスを利用するまでには、要介護認定の申請、認定調査、ケアマネジャーの選定、サービス事業所の選定、契約など多くの手順を踏まなくてはいけません。
また、老人ホームは10種類以上あり、自分の希望に合う老人ホームを選ぶには手間がかかります。契約内容は複雑なため、認知機能の低下がある場合は、理解するのが難しいかもしれません。
5.延命治療に関すること
一昔前と違い、現代の終末期医療は多くの選択肢があります。
例えば「ホスピスで痛みをコントロールしながら暮らす」「自宅で在宅医療サービスを利用する」「食事が摂取できなくなったら、胃ろうを造設する」など、複数の選択肢を医師から提示されることがあります。本人がそれを理解し選択できれば良いのですが、できない場合は誰かに託さなくてはいけません。
6.亡くなった後の葬儀やお墓
「両親が眠るお墓に自分も入りたい」そう思っていても、誰かがそれをしてくれないとその願いは叶いません。
例えば病院で亡くなれば、遺体の搬送、葬儀、火葬など、埋葬するまでにいくつもの過程があります。これらすべてに手続きを誰かにしてもらわなくてはいけません。
7.亡くなった後のペットの世話
ペットを飼っている場合、自分が先に亡くなった場合に備えて、ペットのその後の暮らしを誰にどのように託すのかを考えておかなくてはいけません。もし、自宅で誰にも気付かれずに亡くなった場合、ペットの命に危険が及ぶかもしれません。
8.亡くなった後の手続き、遺品整理、家の処分、相続
亡くなった後には、病院や老人ホームの精算、家財や家の処分、死亡届の届出などの多くの手続きが必要です。
これらを2つに分類すると、1~5は生前のこと、6~8は死後のことです。
私は約25年間高齢者福祉に携わり、この1~5への準備をしていなかったばかりに、老年期に「こんなことになるとは思ってなかった」と嘆く方を多く見てきました。
元気な時は、「老後は誰にも迷惑をかけない」「ピンピンコロリであの世に行くから大丈夫」「長生きなんてする気はない」と強気の発言をしている人も、いざその時になると「頼れる人がいない」と涙を流すことも少なくはありません。
このような経験から、心身ともに元気なうちに老後への備えをおすすめしています。
老後への備えが不十分だとどうなるのか
◎恵子さんのケース
恵子さん(仮名・83歳)は短大卒業後、企業に就職。60歳まで働きました。
結婚はせずに、両親と実家で同居し、両親が亡くなった後も1人で暮らし続けました。
老後については、住む家があるし、両親が残してくれた資産もあることから、特に心配はしていませんでした。
「いざとなれば、さっさと老人ホームに入ればいいわ」とあまり深く考えていませんでした。
ある日、自宅の階段から足を滑らせ骨折。そのまま手術、入院となりました。
経過は順調でしたが、年齢のせいもあり筋力は衰えてしまい、杖をつきながらなんとか歩ける状態になりました。
入院中に介護保険の認定を受け、病院の医療ソーシャルワーカー(病院の相談員:MSW)から、ケアマネジャーを紹介されました。ケアマネジャーとは、介護保険サービスの計画を立てたり、事業所の選定を支援してくれたりする専門職です。
入院中は近くに住む姪が着替えを運んでくれたり、手続きをしてくれたりして、とても助かりました。しかし姪は仕事や家庭のことで忙しく、ずっと頼るわけにはいきません。
退院日が決まり、恵子さん、姪、ケアマネジャー、MSWが、退院後の生活について話し合い、以下のことが決まりました。
・自宅で生活できるよう、退院日までに自宅に手すりを取り付ける。ケアマネジャーが業者の候補を選び、姪が工事に立ち合う。
・自分で家事ができないので、週2回ヘルパーに来てもらう。
・週2回近所のデイサービスに通い、運動不足にならないようにする。
・姪は月1回恵子さん宅を訪問して、様子を見る。気になることがあればケアマネジャーに報告する。
これらの手続きは、姪とケアマネジャーがしてくれたので、恵子さんは安心して入院中はリハビリに専念ができました。
姪のおかげで退院後の生活の目途が立ちましたが、恵子さんは、「もし姪が手伝ってくれなかったら、どうしていただろう。老人ホームに入らなくてはいけなかったのか、老人ホーム探しを誰に頼めたのか、自分の希望は聞いてもらえたのか・・・」などを考え、老後の準備をしてこなかったことを反省したそうです。
◎美恵子さんのケース
美恵子さん(仮名・86歳)は大学卒業後、出版業界に就職。日々、作家や取引先との会食やイベントに出席し、華やかに活躍しました。20代で結婚、出産、離婚を経験、女性では異例の昇進をし、自分の人生に自信を持って生きてきました。
一方で、1人で育てた長男とは折り合いが悪く、「老後は、息子の世話にはならない」が口癖でした。長男が独立してからは、数十年間連絡を取らない関係でした。
65歳で退職し、その後は趣味を楽しむ老後を過ごしていましたが、人付き合いはほとんどしていませんでした。特に、近隣との付き合いは避けていました。
老後資金は十分にあり、自由な生活を満喫できる人生に、美恵子さんは満足していました。
ある時、数十年ぶりに長男が自宅を訪ねると、そこには認知症が進んだ母親の姿がありました。どこかぼんやりした様子で、「お母さん、僕のことわかる?」と尋ねても、あやふやな返事しかしません。
長男が驚いたのはそれだけではありませんでした。
預貯金が数十万円しかなく、美恵子さんが集めていたはずの貴金属類がほとんど自宅から消えていたのです。
「長く会っていないので、母の資産がどれぐらいなのかは把握していません。でも、しっかり者の母の預貯金がこんなに少ないはずがありません。昔から買い集めていた高価な宝石もどこを探してもありません。今となってはどうしようもありません」長男はため息をついていました。
おそらく、美恵子さんは認知症の進行とともに判断能力が低下し、誰かに騙されて金品を渡してしまったか、盗まれてしまったのでしょう。
資産があり、それを適切に管理する能力が低下すると、狙われる危険性が高まります。
特に、人との付き合いが希薄な高齢者は狙われやすいと言えます。
美恵子さんは、自分が認知症になったり判断能力が低下したりすることを予想していなかったのでしょう。
◎茂さん、陽子さん夫婦のケース
茂さん(仮名・88歳)、陽子さん(仮名・85歳)
茂さんと陽子さんは、「もしどちらかに介護が必要になっても、もう一人が介護をすれば大丈夫」そう思っていたので、老後の準備をしていませんでした。
実際に陽子さんが介護が必要になってからは、茂さんが介護をしていました。
近所の民生委員が心配して訪ねてきて、介護保険の手続きを勧めても、茂さんは「誰にも迷惑はかけません」と頑なに断り続けました。
そのうちに民生委員の足も遠のき、夫婦は孤立状態となりました。
数年後、近隣の住民から役所に「とても汚れた格好で買い物をしているお年寄りがいる」と相談が入りました。
役所の職員が訪ねてみると、無精ひげで何年も入浴していないような茂さんと、汚物まみれの布団で寝たきりになっている陽子さんがいました。足の踏み場もないほどに家中が散らかり、空のコンビニ弁当の容器がうず高く積み上がっていました。
どうしてこんな状況なのかを尋ねても、二人は「わからない」と言うばかりでした。
おそらく陽子さんの介護をしていた茂さんが認知症になり、生活が崩れていったのでしょう。
高齢夫婦の場合、老老介護や認認介護になりやすく、共倒れや、緊急事態を察知し対応する能力の低下から、時には命に関わる事態になることもあります。
その後、茂さんと陽子さんには法定後見人が付き、今は老人ホームで穏やかに暮らしています。
同居人がいても、孤独死
社会の高齢化にともない一人暮らしの高齢者も増加していることから、孤独死が増えていますが、同居人がいるにもかかわらず孤独死する高齢者も増加しています。
大阪府監察医事務所では、同居人がいるのに死亡から4日後以降に発見されるケースを「同居の孤独死」と定義しています。
大阪府監察医事務所の発表によると、2018年に大阪市内で同居の孤独死をした人は35人で、その半数以上が60歳代以上、6割が夫婦2人暮らしでした。
同居人がいながら孤独死が起きるのは、死につながるほどの体調変化があっても同居人が対処できない、もしくは気づかないまま日数が経ち、死後の発見となってしまうからです。
このことから、同居の孤独死の背景としてみえてくるのが、老老介護と社会的孤立です。
今後、一人暮らしだけでなく同居家族がいる世帯でも孤独死のリスクは増大すると思われます。
老後準備をしない人の心理
老後の備え、特に誰かの助けが必要になった時にどうするのかを、早くから準備する人と、そうでない人がいます。
準備をしない人の気持ちはどういうものなのでしょうか。
70歳代で、まだ老後への準備に取り掛かっていない人に理由を聞いてみました。
■「何をすればいいのかわからない」
現代は、情報過多の時代です。「終活」「老後準備」とインターネット検索をすれば山のように情報が出てきます。また、雑誌や書籍でも高齢者をターゲットにした内容が多く、書店に行けばありとあらゆる終活関連の本が並んでいます。
情報がたくさんありすぎるため、どの情報を取り入れたら良いのかがわからなくなってしまっても不思議ではありません。
私は「かしこい老人ホームの選び方」という講座を定期的に開催してるのですが、受講者様から「老後のことが気になって仕方がないけれど、何からすればいいのかわからない」という言葉をよく聞きます。
わからないなりに、講座に参加するなどの行動に移せる方は少なく、何もしない、できない方も多いのではないでしょうか。
■「頼んでいなくても、その時が来たらしてもらえる」
親族にあらたまって依頼しておかなくても、その時が来たらしてもらえるという思っているそうです。
普段から交流のある子どもであればそれでも大丈夫かもしれませんが、甥姪ではそうはいかない場合もあります。
「小さい頃にかわいがっていたし、なついてくれていた」「姪はわかってくれているはず。いざという時には駆けつけてくれると思う」と期待していても、甥や姪にそのつもりがないこともあります。
あらかじめ、どういう状況になったら何を手助けしてもらえるかの確認が必要でしょう。
■「まだ早い」
終活は、60代で始める人もいれば、80代でも「まだ早い」と思う人がいます。
終活は、自分の老い、衰えと向き合う作業です。
健康な人にとっては、老いがイメージできず、「まだ早い」という気持ちになりがちです。
しかし、健康な時だからできることもたくさんあります。
例えば、お墓の準備や遺言書の作成は、手間も時間もかかります。体力が低下してからでは、思うように準備が進まないこともあります。
まだ早いと思えるぐらい元気な時こそ、終活の始め時なのかもしれません。
(はる社会福祉士事務所 代表:佐々木さやか)
次回:終活を始める高齢者の気持ちと行動(下)へ続く
佐々木 さやか氏
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