※2024年2月17日付の読売新聞
85歳を境に健康や生活に変化が発生しやすい。実際、2023年7月に公開した「80代以上市場に「親のための意思決定」で記した幼馴染の両親に、結構な変化が生じている。
昨年秋頃より、父親(86歳)に心疾患から急な入院が時折発生。入院自体は短期間だが、そのたびに身体に影響を及ぼしているという。その分、母親(83歳)の心労とやるべきことは膨らんでいる。夫婦ともに介護保険を利用して定期的に理学療法を受けながら、それぞれ必要な通院も続けている。
外出は歩きかタクシー。二人はともにPCもスマホもネットも使い、買い物は生協の個配かEC。スマホ決済やクレジットカードも利用している。しかしどうしてもいくらかの現金が必要で、聞くと月に1回は600m先のATMまで出かけるという。
600mは不動産広告なら8分、往復で16分。だがキャリーカートを押す母親の移動には、往復で30分を予定するという。歩行に時間がかかることに加え、ATMで用を済ませたら近くの椅子に座ってしばらく休み、それから帰ってくる。
1年足らずで心配事は増えている。しかし変わらず地方都市の住宅街で、戸建ての自宅で、夫婦二人で暮らしている。自分たちだけで用事も義務も済ませ暮らしているが、不自由はある。
急激にリスクが大きくなっていく85歳以上世代。
85~99歳のうち夫婦のみあるいは単独世帯人口は合計2,325,869人。当該人口の38.6%が、高齢者だけで地域で暮らし続けている。
階段が億劫だったり歩く力が低下したり
外出力が下がると世界も体力も小さくなる
前回記事「懸念される「85歳問題」~介護・医療・ADLの観点から~」でも示したとおり、加齢に伴い階段が苦手になったり、バスや電車などで一人で外出することが難しくなったり、日常生活に不自由が増える。80歳を超えてくると、社会生活の力も量も低下する。
こういうことが積み重なると負のスパイラルに入り、ますます暮らしが縮小。心身ともに健康を損なう確率が高くなっていく。家族や親しい友人を亡くしたり、病気やケガで障害を負うようになったりすると社会とのつながりが小さくなり、ドミノ倒しのようにフレイル状態に陥り、いよいよ介護が必要になる。
このドミノ倒しフレイルを避けるには、何よりもまず「社会生活の維持」ともいわれている。
高齢者の社会生活を維持する事業は
自治体の取り組みにも、起業にも、登場
誰しも年を取るほど社会生活が小さくなっていくが、特に健康面で課題がでやすい80代、85歳以降ともなると特にその傾向は強くなる。そんな高齢者の日常に、若い世代が関わる仕組みがあちらこちらで登場している。
〇秋田市:年の差フレンズ部
秋田市は平成27年度のヒアリング調査に始まり、「あきたで長く楽しく暮らす研究室」の開催、年の差フレンズ部の活動と展開。「人生の先輩がどうしたら、できるだけ長く地域の中で心身ともに元気で生き生きと暮らし続けられるのか」研究し、実験や実践してきている。
年の差がある友達との共通点を考えて、出会う方法、一緒に楽しむ方法、普段から声をかけ合える関係を築く方法に試行錯誤し、いろいろなイベントを実施してきている。
〇まごとも 株式会社whicker
医療行為や専門性のある介護行為は対応しない。介護保険では対応できないスマホ支援や外出付き添いなどの支援や余暇活動を、学生と一緒に楽しんでもらう。
京都市が行う「京都市介護予防・日常生活支援総合事業」の教育・養成機関として認定されている。40代・50代が自分の親へのサービスとして利用。
〇エイジウェルジャパン 株式会社AgeWellJapan
孫世代の学生や20代・30代が高齢者のスマホ操作を手伝ったり、一緒に外出したり趣味を楽しんだりして、シニアの発見や挑戦を支援。「ポジティブに歳を重ねる」というAge-Wellを提唱している。
世代間の対話、シニア同士の対話を生むサービスや場を提供し、事業会社のマーケティングに繋がるサービスも行っている。
高齢期の社会生活維持のため、具体的に事業が展開されていっている。
一方、高齢者自身は、社会生活を維持するために今から何か行動をとっているだろうか?
男女に差がある活動が、加齢のソナエ違い
不安の有無の差、未来の差
社会生活維持を含め、70代高齢者が年を重ねることに対してどんな不安を感じているか?どう行動してきているのか?
以下は、当室が70歳代に行った調査から得られたデータである。
男女ともに感じる不安の第一は「健康」。そして、第二位は「今後さらに年を重ねていくこと」、第三位は「金銭面」。「社会との関わり方」についてはポイントが低い。
ただし、いずれにおいても男女に結構な差が生じている。
「特になし」「こどもの将来」以外は、女性より男性の方がポイントが高い。中でも「今後さらに年を重ねていくこと」という漠とした不安について、男性は8割超が不安としている。
見えない未来に対して不安を感じることは、いたって自然。そうした漠然した不安を誰かと共有し、何かあっても誰かと話したり誰かに頼ったりできることが見えていれば、心は安定するだろう。高齢者の社会生活を維持する事業は、困りごとを解消したり具体的な楽しみ作り出したりするだけでなく、気持ちの安定を生み、結果、脳や身体の安定にもつながるだろう。
実際、豊かな人間関係(社会生活)を維持するための活動について、男女には以下のような違いがある。
豊かな人間関係づくりを始めるのは女性の方が早く、努力しているのも女性の方が多い。活動内容も自分が好きなことを通じて得ている人が多い。
加えて、お手本にしたい人生のセンパイも、女性の方が身近にいる。
この設問では「身近にいるか?」という現在形で質問しているため、男性はお手本にしたい男性センパイが亡くなっている場合「いない」と回答した方もいるかもしれない。しかし女性が20・30・40代頃から仕事・地域に限らず人間関係を築いていることは、お手本にしたいセンパイとの出会う機会を創出しているだろう。男性と比べてより豊かな社会生活基盤を整えている人が多いと推測できる。
女性はセンパイの姿を見聞きして、この先何が起こりうるのか、そのときどうすればよいのか、未来に関する知識や知恵を得ている人が多いと考えられる。そのことが70代が持つ不安の男女差にも、表れているのではないだろうか。
このような傾向を見ても、人生のセンパイと接する機会を早くから持つことは、よりよい高齢期につながると考えられる。加えて多様なつながりや仲間を多く得ておくことが、不安を小さくする、見えない未来と向き合う力にもなるのではないだろうか。
高齢者の日常に繋がるやり取りが
個人の将来を変え、未来の高齢社会を変える
先に3つほど紹介した高齢者の社会生活を維持する事業は、いずれも世代を超えた活動を推進している。
シニアからの「ちょっと教えてほしい」、「少し手を貸してほしい」、「駅前にできた新しいお店に一緒に行ってほしい」に応える。シニアと話す、シニアを知る、時間を共有する。そんなふだんを豊かにする、ふだんを繋ぐ事業が、高齢者に安心や前向きな日常を可能にする。一方で、若者・中年にはエイジングに関する知識や知恵、経験が共有され、よりよく歳をとることができそうだ。
人生のセンパイを少しばかり助けたり、交流したりすることから得られる経験は、未来の高齢者のくらしはよりよいものになるかもしれない。
株式会社日本SPセンター シニアマーケティング研究室 石山温子
2024年7月11日
2024年6月7日
2024年6月3日