最近、街のサインが見やすく、わかりやすくなってきた。今まではどちらか言うとデザイン優先、シンプルでかっこいいものが多かった。ただ、いくらデザインセンスがよくてもわかりにくいサインはその本来の使命を果たせない。利用者は不便だし、設置者は問い合わせ対応に追われる。
なかでも駅の中のサインがシニアにわかりやすくなっている。そのきっかけはシニアやインバウンドの乗客からの質問の増加に違いない。これまでのサインではわかりにくかったり、小さな表記で気づかなかったり…。
言葉の問題もあり、対応に手間がかかる。そこで、もっとわかりやすいサインを、ということになったのだろう。
写真は弊室最寄り駅のサイン。最近、更新された。大きな文字、コントラストある色使い、矢印やラインなど図形を上手く使った誘導…これなら改札口を入って自分が乗りたい電車のホームがわかりやすい。
ついでにトイレのサインも大きく変わった。遠くからでも見つけやすいし、男女の違いも色とピクトにより、ひと目でわかる。
ここで強調しておきたいのは、文字やピクトを大きくしてもダサくならない点だ。文字を大きくするとダサくなる、と思い込んでいるデザイナーや企業、施設の担当者が多い。決してそのようなことはない。
では上記をきっかけに、シニアがわかりやすいコミュニケーションのデザインとはどんなものだろうか考えてみたい。上記の駅のサインは「ユニバーサルデザイン」である。シニアや障がいをもつ人などに向けた「バリアフリーデザイン」ではない。
「ユニバーサルデザイン」と「バリアフリーデザイン」の違いは
◆「ユニバーサルデザイン」→すべての人にわかりやすい、使いやすいものをという考え方。
◆「バリアフリーデザイン」→高齢者やさまざまな身体状況の一人ひとりの機能を補うことを重視した考え方と言われている。
ここでいう「ユニバーサルデザイン」「バリアフリーデザイン」の『デザイン』はグラフィクのみとどまらずコミュニケーションの全体のデザインを指す。
◆コミュニケーション
→メディア、広告、宣伝、店頭、パッケージなど
◆プロダクト
→機能設計、インタフェイス、プロダクトデザインなど
ではシニアにわかりやすいコミュニケーションのデザインが基づくべきは「ユニバーサル」なのか、それとも「バリアフリー」なのか。答えは「分けて考える」である。シニアをひとくくりにしてはいけない。
弊室では最近、シニアを以下の4つのグループに分けて考えることを提唱している。
1.アクティブシニア(就労健常シニア)
2.ディフェンシブシニア(非就労健常シニア)
3.ギャップシニア(介護予備軍シニア)
4.ケアシニア(介護認定シニア)
シニアにわかりやすいコミュニケーションのデザインを考える際は、シニアとひとくくりにせず、コミュニケーションを図りたいシニア合わせたデザインを考える必要がある。
アクティブシニアやディフェンシブシニアには「バリアフリー」より「ユニバーサル」の考え方でコミュニケーションデザインを考えるべきだ。ユニバーサルデザインの概念は、アメリカのノースカロライナ州立大学のロナルド・メイス教授が中心となって、1980年代から提唱していたもので、最初からできるだけ多くの人が利用できるように企画・設計する考え方。
「ユニバーサルデザインの7原則」が有名で、ユニバーサルデザインを考える時の基本となっている。それは
1.どんな人でも公平に使えること。(公平な利用)
Equitable use
2.使う上での柔軟性があること。(利用における柔軟性)
Flexibility in use
3.使い方が簡単で自明であること。(単純で直感的な利用)
Simple and intuitive
4.必要な情報がすぐに分かること。(認知できる情報)
Perceptible information
5.うっかりミスを許容できること。(失敗に対する寛大さ)
Tolerance for error
6.身体への過度な負担を必要としないこと。(少ない身体的な努力)
Low physical effort
7.アクセスや利用のための十分な大きさと空間が確保されていること(接近や利用のためのサイズと空間)
Size and space for approach and use
※The Center for Universal Design, NC State University による(ウィキペディアより)。
よく講演などで例に出させていただくのが「ユニバーサルデザイン自販機」。普通の自販機と違って
・最上段の選択ボタンに連動したボタンを低い位置にも設ける。これにより、身長の低い子どもや車椅子の利用者でも無理なく最上段の商品を選ぶことができる。
・商品の取り出し口については、腰をかがめなくても取り出すことができるように高い位置に。
・コインの投入をスムーズにするために、投入口は受け皿型となっており、一度に複数投入できるようになっている(屋内専用タイプ)
これは身長の低い子どもや車椅子の利用者やシニアだけでなく、腰をかがめず飲料を取り出せてどんな人にも使いやすい。アクティブシニアやディフェンシブシニアは基本的にはユニバーサルなコミュニュケーションデザインがふさわしい。(ダイドードリンコ株式会社ホームページ ユニバーサル自販機ページより)
一方、ギャップシニアやケアシニアにはユニバーサルデザインの範囲を超えた配慮、「バリアフリー」の考え方が求められる。高齢になると自分がしたい行動と、さまざまな身体的特性によってそのことが難しくなる「ギャップ」に悩んだり、他の誰かの「ケア」が必要になったりする。シニアの代表的の「ギャップ」は
運動能力的
・手や腕の可動範囲が狭くなる
・握力が低下して物がつかみにくくなる
・筋力の低下、関節の障害などで重い物が持てない
・関節の障害でしゃがめない、座れない、立てないなど
脳神経的
・物忘れがひどくなる
・記憶力、理解力が低下する
・判断力、決断力が衰える
・不安感、孤独感が強くなるなど
視聴覚的
・小さな文字が読めなくなる
・視野が狭くなる、視点が低くなる
・かすむ、二重に見える、まぶしい
・コントラストの弱い表示が識別しにくい
・音が聞き取りにくい(とくに高音域)など
ギャップシニアに対する製品やサービスについては上記のような「ギャップ」に配慮した対応が求められる。ケアシニアには本人だけではなくケアする立場の人への対応、配慮が求められることはいうまでもない。
最近、眼を見張ったのは「お寺さん」(観光寺院ではなく日頃、お世話になる檀那寺)の行き届いた配慮だ。入り口から本堂のご本尊の前まで車いすで行けるようにあらゆる段差にスロープが付けてある。もちろん手すりも。本堂では低い椅子が用意されており、座って読経を聞いていればよい。
トイレの電気は自動で点灯し、消灯する。案内は黒々と大きな文字で書かれている。部屋の照明器具も増やされていて明るい。もちろん、空調も効いている。住職は、耳の遠い人が多いのがわかっているので大きな声で説法する。
シニアに対する製品やサービスで「これでは伝わらない、理解してもらえない」と感じる事例をよく目にする。小さな文字のパッケージ(成分や使い方などシニアが知りたい情報が小さな文字でびっしりと書かれているもの)や、便利さを追求するあまりシニアには理解できない交通機関の切符販売機。オンラインマニュアルのみの情報機器などもシニアには不親切だ。
しかし、シニアにわかりやすいコミュニケーションのデザイン、といって若い担当者にとって自分の理解や経験ではわからないことも多いだろう。核家族化が進み、身近にシニアが存在しないケースもある。若い担当者が「お寺さんの住職」の目線で見直すことは難しくなっている。
そこで弊室では、だれもがシニアにわかりやすいコミュニケーションデザインができるように、チェックリストやノウハウを載せたホワイトペーパーを公開している。ぜひ、参考にしていただきたい。
日本SPセンターシニアマーケティング研究室 倉内直也
2024年10月11日
2024年5月22日
2023年9月26日