2025年に、団塊の世代がすべて75歳以上になった。そして2026年の敬老の日に、100歳以上の人が初めて10万人を超えたことが話題になった(2026年9月1日時点で百歳以上の高齢者数、10万7,677人、厚生労働省)。
高齢社会は、いま、どう変化してきているのか。それを確かめるために、内閣府のサイトで読める、いちばん古い高齢社会白書を読み直した。「(平成9年版)平成8年度 高齢化の状況及び高齢社会対策の実施の状況に関する年次報告」(以下、平成8年度白書)である。
そこには、いまにつながる宿題が並んでいた。本稿ではその宿題を5つに整理し、最新の令和8年版高齢社会白書(2026年。以下、令和8年版白書)と読み比べながら、この約30年で進んだことと、今も残っていることを確かめていく。

約30年前の白書に書かれていた、5つの宿題
1996年10月1日現在、65歳以上の人口は1,902万人、高齢化率は15.1%だった。白書はこの時点で「私たちは、既に高齢社会に暮らしている」と書いている。高齢化を将来の話ではなく、すでに始まった社会の前提として扱っていたのである。
そこから読み取れる宿題を、企業が企業が市場を考える視点で整理すると、次の5つになる。
①人口構造の転換を社会と事業の前提にする
平成8年度白書は、生産年齢人口が減る中で高齢化が進む「新たな局面」を迎えると見通していた。高齢者が増えるだけでなく、働き手や地域の担い手が減少するということだ。企業にとっては採用難を前提に、少ない人数で回す事業運営が求められる。高齢者への提案の強化、高齢顧客にとって使いやすい店舗や商品、配送、相談の受け方まで、事業の前提そのものが変わることを意味する。「高齢者向けの市場が広がる」とだけ捉えると、取り組み範囲を見誤る。
② 家族だけを前提にした高齢者の支え方を見直す
当時の調査では、65歳以上で亡くなった人を主に介護していたのは、66.8%が同居の家族(世帯員)だった。介護していた家族の平均年齢は60.4歳、妻が介護していた場合は71.4歳である(1995年度)。介護保険が始まる前から、家族だけに支えを委ねる限界は見えていた。問われていたのは、家族を不要にすることではない。家族だけに背負わせない仕組みである。
③ 介護・医療だけでなく、生活を支える
暮らしは、必ずしも介護や通院・入院が必要になった日に突然変わるわけではない。60歳以上の人に住んでいる地域の問題を尋ねると、「医院や病院への通院に不便」が22.9%、「日常の買物に不便」が20.6%だった(1995年度)。介護や医療の外側にある、日々の小さな不便。それが、すでに課題として示されていた。
④ 働く・学ぶ・参加する意欲を活かす
平成8年度白書は、高齢者を支えられるだけの存在として描いてはいない。60歳以上の人に社会とのかかわりを持って暮らしたいかを尋ねると、7割を超える人が「そう思う」「どちらかといえば思う」と答えていた(1995年度)。本人の経験や関心、体力に合わせて、働く・学ぶ・参加する場をどうつくるか。この問いも、30年前からあった。
⑤ 暮らしを取り巻く環境の側を変える
1996年の交通事故で亡くなった人のうち、65歳以上は3,145人、全体の31.6%を占めた。本人に「気をつけてください」と呼びかけるだけでは限界がある。道路や住宅、防犯、契約、情報の伝え方など、環境の側を変える必要があることを、この数字は示している。
以下の「高齢者が居住地域に感じる問題点」を示すグラフでは、平成2年度と平成7年度の調査結果を並べている。平成7年度の調査は1996年2月、阪神・淡路大震災からおよそ1年後に行われた。「水害、地震など自然災害が心配」が10.5%から20.2%へとほぼ倍になったのは、震災の経験が影響したのではないだろうか。

内閣府「(平成9年版)平成8年度 高齢化の状況及び高齢社会対策の実施の状況に関する年次報告」」(平成8年度白書)より作成(資料:総務庁長官官房高齢社会対策室「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」(平成2年度,7年度))
一方でこの白書にはインターネットを通じて買い物や見守り、オンライン診療を届けるといった暮らしの姿は、まだ描かれていない。1995年は「インターネット元年」とも呼ばれた年だが、情報通信は、国がこれから研究開発を進める「新しい技術」として、施策の章に数行登場するだけだった。
この30年における進展
宿題は、放っておかれたわけではない。介護保険制度は2000年に始まり、その後、地域包括ケアや介護予防へと介護に関する施策は前進した。
働くことについては、65歳までの雇用の確保、70歳までの就業機会の確保へと制度が進んだ。暮らしの場面でも見守り、配食、買い物の支援、終活に関わるサービス、スマホ教室のようなデジタルの支援が生まれている。
生活者の行動も変わった。2025年の65〜69歳の就業率は54.5%(統計トピックス No.149 統計からみた我が国の高齢者より)。2025年の65〜69歳のインターネット利用率は86.9%である(総務省「令和7年通信利用動向調査」より)。
この30年は「何も進まなかった30年」ではない。制度もサービスも、生活者の行動も、大きく動いた。
それでも、いま残っている課題
進んだからこそ、見えてきた課題もある。3つに分けてみたい。
①30年前から続いている宿題
介護する人も高齢者、という構図は続いている。介護が必要な人と同居している主な介護者の年齢の組み合わせをみると、ともに60歳以上の割合は79.0%。2001年の54.4%から上がり続けている。ともに75歳以上の割合も37.1%にのぼる(2025年)。

②形を変えた課題、新しく加わった課題
2025年の75歳以上の人口は2,127万人で、65〜74歳の1,495万人を上回っている。(令和8年版 高齢社会白書より)一人で暮らす人も増えた。(令和8年版 高齢社会白書)日常のちょっとした困りごとがあったとき、同居の家族のほかに頼れる人を尋ねると、別居の家族・親族は62.1%だったが、友人は13.7%、近所の人は12.9%にとどまり、「頼れる人はいない」が15.3%だった(令和8年版 高齢社会白書より)。家族以外の支えは、薄い。
入院や施設への入所では、長く家族が保証人や手続きの担い手を務めてきた。その前提が崩れ、家族の代わりを担う民間の「高齢者等終身サポート事業」が広がっている。国が事業者向けのガイドラインをまとめたのは、2024年になってからだ(内閣官房ほか「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」)。参考:ニーズが高まる「高齢者等終身サポート事業」実際の運営について
③制度やサービスが、暮らしに届いていない
制度があっても、使われているとは限らない。家族の介護をしながら働く人のうち、介護休業や介護休暇、短時間勤務などの制度を使った人は11.6%にとどまる。介護や看護を理由に仕事を辞めた人は、1年間で約10万6千人にのぼる(総務省「令和4年就業構造基本調査」より)
65歳以上のスマホ保有率は59.2%。年代別にみると、60代88.6%、70代68.1%、80歳以上33.0%。インターネットを使っている65歳以上のうち、SNS(無料通話機能を含む)の利用は62.4%。一方、商品・サービスの購入・取引は41.3%、金融取引は18.4%、オンライン診療は0.9%にとどまった。(令和7年通信利用動向調査より)
存在していること/持っていること/使えることと、暮らしに役立てることのあいだには、まだ距離がある。

制度と暮らしのあいだを埋める
3つに共通するのは、制度やサービスをつくっても、それが一人ひとりの暮らしに届いているとは限らない。そのあいだを埋めるのは、日々の商品やサービスの設計である。
今後、30年前の宿題を入口に、次の3つの方向から事業のヒントを考えていく。
〇見直す:いまの商品・サービスや、利用の流れを見直す
〇新しくつくる:新しい商品・サービス・情報・場をつくる
〇つなぐ:他社や地域、行政と組んで、一社ではできない価値をつくる
たとえば、薬局が、通院や買い物のための移動の支援につなぐ。こうした工夫は、すでに宿題を解く手がかりになっている。
ただし、30年前の宿題は、提供する側の工夫だけでは解けない。受け取る本人の側から見たとき、それは使いたいもの、続けたいものになっているか。この視点も、連載を通して持ち続けたい。
二つの白書を比べた全体像と、これからの事業の設計の考え方は、WP55にまとめている。詳しくは「whitepaper【55】平成8年度と令和8年版の高齢社会白書を比較し読み解く これからのシニアビジネス設計」をご覧いただきたい。
「よりよく生きる、よりよく老いる」そのために、30年前の宿題を今、私たちが手に入れている技術や社会の流れから、事業を考え読み直していきたい。
株式会社日本SPセンター シニアマーケティング研究室 石山温子
2026年10月16日
2026年5月19日
2026年1月16日