少子高齢化が進むなかで、「より長く働ける社会」は切実なテーマになっている。 経済産業省は2025年8月、ある試算を示した。このまま何もしなければ、2050年の生産年齢人口(15〜64歳)は総人口の約52%にまで落ち込む。しかし「もし多くの人が74歳まで働き続けられるなら、その割合は約66%を維持できる」という数字だ。(「高齢者・介護関連サービス産業振興に関する 戦略検討会取りまとめについて」)

これは高齢者雇用だけの話ではない。人口減少時代の社会をどう支えるか、という問いである。
<参考>過去から現在の高齢者における就業状況と就業環境について
企業の約8割が「55歳定年」を採用していた中、高齢化は進展。政府は1971年に「中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法」を制定し、1986年に60歳定年制度を努力義務化。1998(平成10)年から60歳定年制が義務化。2013年、希望者全員65歳までの継続雇用が義務。2025年4月、全企業で65歳定年制が義務化。
経産省は74歳までを生産年齢人口として試算しているが、これまで比較的就業者数が少なかった65-74歳層で実際に働く人が多くならなければ、実際の生産力はあがらない。
現在の65-69歳層の就業率は56.1%、70-74歳の就業率は、36.7%。

ただし、この話は「74歳まで働かなくてはならない」という話ではない。大切なのは働きたい人、働ける人が、無理なく役割を持ち続けられる社会をどうつくるか。そのためには少なくとも、以下の3つの条件が必要だと考える。
ひとつ目は、シニアの身体・脳の健康、そして意欲が維持されること。
二つ目は、働き方が多様になること。
三つ目は、社会がシニアの就労を前提とすること。
そして今、現実味を帯びてきた「フィジカルAIによる仕事の再編集」という論点を加味して考えたい。
身体・脳の健康だけでなく、「意欲」が続くか
高齢期の就労を考えるとき、まず注目されやすいのは身体機能や認知機能。歩けること、通えること、疲れにくいこと、判断できること…いずれも働き続ける上で欠かせない。
身体状況について体力・運動能力調査を見ると、65歳以上は総じて過去の高齢者より体力があがってきている。特に70代の体力の伸びは他の年代を凌駕。加えて健康寿命も、男女ともに伸びている。

平成14~令和7年 「体力・運動能力調査 総合評価」スポーツ庁 より作成

「脳の健康」状態について「仕事に直結する能力」とは言及できないが、認知症有病率を見ると、2012年の調査で「認知症」が15%であったのに対して、2022年の調査では12.3%と減少している。(ただし認知症とMCIを合わせた有病率は、2012年:認知症15.0%+MCI13.0%=28.0%、2022年:認知症12.3%+MCI15.5%=27.8%。合計はほぼ同じ。内訳が変化しており、MCIから認知症へ進行した者の割合が低下した可能性がある)
認知症有病率は若干低く抑えられている。

身体や脳における健康維持には、さまざまな企業から提案がなされている。運動、栄養、睡眠、口腔、フレイル予防、認知トレーニング、デジタル健康管理など、市場は充実。今後も広がっていくだろう。健康寿命の延伸は、働く・働かないに関わらず多くの人が望む。需要が高いことは間違いない。2020年に出版されたデビッド・シンクレア教授の『LIFE SPAN(ライフスパン)[老いなき世界]』においては、身体や脳の健康をより長く保てる未来の可能性が示唆されている。「働き続けられる長寿」の可能性は、さまざまな研究が切り開こうとしている。
就労継続にはこれら身体・脳の健康に加えて、精神的な健康——意欲や生きがい——も欠かせない。高齢者自身が「働きたい」「働くと楽しい」という気持ちを得られなければ、就労継続は難しい。加えて「働きたい」「働くと楽しい」就労は、自己効力感を上げ、孤立予防、不安や抑うつを低減する。高齢者の精神的健康にも寄与するだろう。
働く「意欲」を生み、維持・育てる方策はBtoB(Business to Business)のみならず、BtoG(Business to Government)においてもニーズが高まるのではないだろうか?(働く≒健康&税収増&医療費削減&市民の幸福度向上)
楽しく働くことができるか否かは、労働環境も大きく影響する。評価や育成、仕事内容、人間関係などが総合的に働く人に影響する。既に多くの企業では、人材育成や評価手法など蓄積されている。しかし高齢雇用者については、どうであろう。
かつての高齢者雇用は福祉的側面が強かった。評価・育成はあまり考慮されていなかった。中には技能や経験の蓄積が仕事に影響しやすい事業において高齢者が戦力として活躍、働き方の仕組みをつくり長く働ける前提を整えている企業もある。しかしそれらはまだ一部。安全や健康管理だけでなく、多方面から高齢者の就業を前提にした環境づくりが必要だろう。
高齢者のメンタル面ではたとえば「これからいつまで働くのか」「無理なく続けられる役割は何か」「体力・気力の変化をどう受け止めるか」「若い人の負担にならず、かつ居場所を失わずにいられるか」「仕事以外の生活(介護、配偶者、自身の健康)とどう両立するか」など、課題もある。
そもそも労働環境におけるメンタルヘルスは、世代を問わず課題を感じている人が多い。厚労省の調査では、仕事や職業生活について60歳以上で53.2% が強い不安・悩み・ストレスを感じており、労働者全体ではもっと多く、68.3%に上る。

しかし企業のメンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所は、63.2%。しかも取り組んでいるのは従業員数の多い企業が中心であり、実態としてはストレスチェックや相談窓口の設置。年齢特性に応じた運用までできている企業は、かなり少ないだろう。
これまでの視点だけでは、対応が難しい事案が発生する。高齢期ならではのキャリア・健康・生き方が混ざった相談になりやすい。従来のメンター制度で対応できることは限られており、多面的に取り組むことが必要になる。
メンタリングプログラムや、不安・うつの早期発見・早期対応は、働くシニアに対してだけでない。前述したとおり、年代を問わず必要な時代。従業員のメンタルヘルスに取り組む、加えて働くシニアにおける理解と支援も充実させたサービスは、高齢者就労そのものが政策的に広がる方向であることから事業として考える価値はあるのではないだろうか。
働き方が多様になること
50代と同じ働き方は、難しい
高齢就労者に対して、50代と同じ働き方を前提とするのは難しい。体力の問題だけではない。親やパートナーの介護、自身の通院、孫の世話など、時間の使い方はどうしても細切れになりがち。必要なのは短時間勤務、週数日勤務、繁忙時間帯勤務、リモートワーク、あるいは一人分の仕事を複数人で担うなど働き方の柔軟性。補助や確認、教育など経験を活かすなど役割の多様性。
仕事と生活を両立させる働き方、時間や役割、場所などの柔軟性は、高齢者のためだけのものではない。子育て中の人、疾病を伴いながら働く人、副業をしたい人、学びや個人活動を行いながら働きたい人など、フルタイムではないカタチで働きたい様々な人にとっても意味がある。
高齢者就労の拡大は、社会全体で仕事の設計を見直すことでもある。

社会がシニアの就労を前提とすること
法律の整備(定年延長、再雇用の義務化など)は政府が主導。“働き損”を生む年金支給制度の見直しや兼業なども国が進めていくことで、高齢者が働きやすい仕組みはある程度整えられる。しかしそれ以上に、職場の文化がどう変わるかが重要だ。「65歳を過ぎたら戦力外」「高齢者には難しい仕事を任せにくい」という空気では、シニア就労は広がらない。
シニア自身のマインドセットも問われる。「若い人の邪魔をしてはいけない」という遠慮、「今さら新しいことは無理」という思い込み——こうした意識が、就労継続の障壁になることも多い。社会全体で「シニアが働くことは普通のこと」という空気をつくることが、実は最も重要な変化かもしれない。
趣味仲間のセンパイは、60歳で仕事を辞めるつもりだったが会社の提案で勤務条件を変えながら働き続けた。先月70歳になり、会社から雇用延長は終了と言われ辞めることとなったが、彼女は「仕事でもボランティアでも何でもいいからまだ働きたい」と、新たな役割を探している。
フィジカルAIが普及すると、仕事の分け方が変わる
昨今の技術変化から新たに加えるべき視点として、フィジカルAIの進展がある。
AIやロボティクスの発達は、既に雇用や仕事内容を大きく変えてきている。特に手順が決まっていて例外が少ない、繰り返しが多い作業は自動化の影響を受けやすい。見回り・監視、搬送や定型的な補助業務における、「決まったルートを回る」「決まった画面を見続ける」「決まった手順で補助をする」などの作業である。場合によっては、これまで高齢者が担ってきていた仕事が減ることにもなる。
しかし高齢者がいるからこそ「助かる!」、という仕事も生まれるのではないだろうか?
国際労働機関(ILO)も生成AIが雇用に与える影響について、タスクごとに評価し、生成AIによって深刻な影響を受ける職業であっても、生成AIが実際の業務を完全に代替することには限界があり、依然として人間の関与が不可欠としている。(国際労働機関(ILO):生成AIが雇用に与える影響について分析「Research Brief AI and jobs: A 2025 update」)
AI/ロボティクスにより仕事の切り出し方は変化し、むしろ高齢者に活躍してほしい仕事が残る可能性も高い。
たとえば“例外対応”、“対人対応”、“最終確認”、“教育”、“現場の文脈を踏まえた調整”といった仕事。いずれもチェックや検知はAIやロボットが行えても、最終的には人間の判断、対応が求められる。加えてこれらは高齢者の経験や安定感が活きるタスク。(参考:EXPO2025の73歳ボランティアの方に聞いた シニアならではの現場力)
高齢者が働き続けることで社会が潤うには、「高齢者でもできる単純作業」を探すことではなく、「高齢者の経験や安定感が活きるタスクを切り出す」こと。
今後も身体・脳の健康だけでなく、「意欲」を維持している高齢者はますます増加する。生成AIを活用してタスクを切り出し、見直しし、高齢者が活躍する社会を創り出せれば、企業・労働者・社会がともに良い結果をえられるのではないだろうか。
株式会社日本SPセンター シニアマーケティング研究室 石山温子
2026年5月19日
2026年1月16日
2025年4月14日