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「抗老化」と「老いの受容」

 2020年に出版されたデビッド・シンクレア教授の『LIFE SPAN(ライフスパン)[老いなき世界]』で提唱されているのは、「老化は病気。治療が可能」。当該書籍では、1)老化細胞の除去、2)老化を遅らせる物質:ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)の活用、3)細胞機能の再活性化、という3つのアプローチで老化を遅らせたり、若返らせたりすることを提案している。3)の細胞機能の再活性化は、IPS細胞を実現させた山中伸弥教授に発見された「細胞の機能を初期化する4つの遺伝子」による、細胞の初期化が可能にするという。
 2023年12月、月面探査コンテストなどで知られるXプライズ財団は「10年若返らせたら賞金総額1億ドル超」というコンテスト開催を発表。「少なくとも10年間、目標としては20年間、『筋肉』、『認知機能』、『免疫機能』の回復を実証すること」ができたチームに支払われる。

 「不老長寿」は長年の人類の願いではあったが、抗老化に実現可能性が見出し始められている。

現実味を帯び始めた
老化プロセスの解明と疾病予防

 現在、確かに寿命は延びたが、健康寿命は同等までは延びていない。政府は健康寿命延伸を掲げているが、多くの人はさまざまな慢性疾患や病気と付き合いながら晩年を過ごす。心臓発作、がん、アルツハイマー病などいわゆる加齢性疾患は、老化プロセスそのものによって引き起こされる。老化プロセスそのものを標的にした治療法があれば、理論的にはそれら疾患の発症を予防したり、遅らせたりできる。昨今、老化研究は進んでいる。

 日本では長らく、老化細胞の蓄積が抑制されている仕組みを明らかにしようと、三浦教授(熊本大学)によるハダカデバネズミ研究が進められてきている。昨今、テレビやネット記事でも取り上げられることが増えているので、ご存じの方も多いかもしれない。ハダカデバネズミと同サイズのハツカネズミの寿命が2~3年であるのに対して、ハダカデバネズミの寿命は最大40年。その顕著な老化耐性について研究が進んでおり、老化細胞を取り除くメカニズム(シンクレア教授が言うところの1)老化細胞の除去)が解明され始めているという。

 こうした大きな変革が起きると従来のアンチエイジング発想や、「食事」、「運動」、そして近年注目を集めている「社会生活の維持」によるスローエイジング商材とは次元が異なる、老化プロセスそのものへの「治療法」探求が進むことが期待される。

 とはいえ、シンクレア教授が提唱する1)~3)のような技術が実用化されるまでにはそれ相応な時間がかかる。特定の老化による疾患の治療や予防の応用は進むだろうが、完全な不老不死の実現を示しているわけでもない。私たちは老化の進行を遅らせながら、「老化」とうまくつきあいたい。

 「老化」とうまくつきあう≒よりよく歳をとるために大切な3要素として、当室では「健康」「お金の準備」「社会的生活の維持」を度々とりあげている。昨年度から今年度にかけて、プレシニアとシニアにこの3つの視点から調査を実施し、公表。調査結果やさまざまな先行研究、世の中の傾向からの気づきや提言を発信しているが、今般、よりよく歳を重ねるには、同時に「老いの受容」も大切ではないだろうかと考える。

老性自覚と老いの受容

 老化のメカニズムを解明して遠ざけても、老いはいずれはやってくる。

 老いの具体的な兆候や変化を自覚する「老性自覚」。それを心理的に受け入れ、適応することを「老いの受容」と捉えることができる。「老性自覚」は身体的、心理的、社会的な変化を通じて得られるので、多くの科学者が取り組む「抗老化」活動ですべてを避けられるものでもない。

 肌や髪の見た目を改善したり体力を維持したりすることで、老いの感覚を遠ざけても、子供が成長して親の役割が小さくなったり、職場で若手が成長して自分の役割が変わったりすることは避けられない。親や恩師、あるいは友人が亡くなったり、病気にかかったり、さまざまな変化から人は自らの老いを自覚する。
 そして老いを自覚するからこそ将来の健康や経済面に不安を感じ、老化に抗う活動が生まれるのだろう。

「抗老化」と「老いの受容」は
補完関係にある

 言葉だけ見ていると「抗老化」と「老いの受容」は対立するように見えるが、よくよく考えると両者は補完的な関係にある。

 老いに抗う活動によって健康寿命を延ばし、老化に伴う疾病を予防したり治療したりすることで健康や自由、できることを維持しやすくなる。急激な変化を遠ざけ、結果、老いをマイルドにし、受け入れやすくする。
 一方で「老いの受容」は老いへの抵抗感やストレス、不安を減らし心理的な安定を保ち、幸福感を強めることに役立つ。

 たとえば「老いを受け入れる」と、「若い頃は〇〇山に1泊で登って帰ってこられたのに…」と過去に執着するより、「ガーデニングをやってみると、庭で自然を目いっぱい楽しめる」と目の前にあるよさを見つけやすくなる。あるいは老いを受け入れる(=変化を受け入れる)ことで行動が促され、新しい役割を見つけて充実感を得られるようになったりするという。

 「早歩きが難しくなったので、少し余裕をもって出かける」とか「電車で立っているのがしんどくなったので、座る」とか「躓いて転ばないように注意する」といった行動をとることができるようになる。老化による変化を「情けない」と否定的に捉えない。必要なサポートは躊躇しないで利用する。こういうことも「老いの受容」であり、危険回避により幸福感を維持しやすくなる。

 このような心理的安定やポジティブな捉え方が、積極的な「抗老化」活動を支える。
 豊かな老後は、「抗老化」と「老いの受容」この二つが個々人の中に成り立ってこそ実現する。

如何に変化を「あぁそうか」と受け止められるか
現代の「自己受容ニーズ」は、提案を変えるチャンス?

 「老いの受容」があるから「抗老化」活動につながる。「抗老化」活動によって老いの変化をマイルドにし、その猶予がより高齢期へのソナエを充実させる。

 こう考えると、理想的な加齢の始まりは「老いの受容」なのではないだろうか?

 しかし「老いを認めること」は一般的に少し難しい。そもそも現在の市場からしてまず「抗老化」が優勢であり、訴求の第一声は「加齢による変化に対する否定」。まず抗うことから始まっている。
 痛みや不自由を小さくしたり、諦めていたことを可能にしたりすることは、もちろん素晴らしくありがたい。一方で提案の仕方によっては、「年をとってできなくなることは、すべて×?」「諦めることや代替的な考え方や方策はカッコ悪い?」という対比思考の芽になるかもしれない。

 「高齢者対応が、エイジズムにならないために」でも言及しているが、テレビや雑誌、マスコミ等による「加齢に抗う対策」流布が、「加齢≒×」と捉えることを促進している面もある。しかし逆もまた然りで、“美しいグレーヘア”のメディア登場は、白髪のとらえ方に多様性を与えた。

 従来の「もっと、もっと」と拡大を求めるニーズや提案から、「これで十分、まだ使える、自然との調和、心の安寧や豊かさ」といった価値観へ舵を切ることが有用かもしれない。

 国内では2014年に流行った歌、「レット・イット・ゴー~ありのままで」は、自己受容の歌詞が多くの人の心に響いたと言われている。自己肯定感にもつながる「自己受容」はここ近年、ニーズとして存在している。
 であるならば、喪失や変化を生じさせる「加齢」をいったん受け止める。受け止め認めた上での提案策が、有効・優位かもしれない。

 対象物によっては難しいものも多々あると思うがたとえば、美しさを追求するような商材・サービスであれば、以下のような展開も考えられるかもしれない。
【例:化粧品の提案において】
1)カメラやセンサーなどの認識とAIの組み合わせによって、利用者の今の魅力を挙げ、称え、認めるステップ
2)利用者が気になっていることを認識
3)具体的な提案へ

 加齢に伴い多くの人が一様に気にするテーマについて提案するのもいいが、「個別に称え」「個別に提案」というステップも、今の技術をもってすれば可能になるかもしれない。そしてその姿勢は、変化に直面している高齢者はもちろん、日々変化するすべての生活者に好ましい提案なのではないだろうか。

株式会社日本SPセンター シニアマーケティング研究室 石山温子