10席のバー。満席なら6人が「シニア」
超高齢化が社会に与えるインパクトが取沙汰されて久しい。実感としては受け取りづらいが、2013年にすでに、成人人口の2人に1人が50歳代以上(2013年9月 総務省統計局概算値)、6年後には、10人のうち6人にまで上昇、実数人口では6000万人に手が届く。(国立社会保障人口問題研究所推計)この状況は、10席ある満席のバーの6席までが50歳以上の客、ということである。
しかもこの客はお金を持っている。60歳以上の消費は100兆円を突破した。(2014年1月14日付日経新聞) 個人資産の50%近くに相当する額だ。6席のシニア客は、安酒をけちくさく飲む客ではないのだ。
有望市場というよりむしろ主戦場となったこの領域では、当然、熱い戦いが繰り広げられることになる。その結果、高価格高収益の新しいヒット商品群、プレミアムビール、ハイブリッド車、高級・アンチエイジング化粧品などは、市場というステージから脱落することなく、一定のポジションをキープし続けている。
2014年上期のヒット商品番付にも、「価値組消費」と銘打たれて、青山商事のイタリアの高級紳士服ブランド「ヒルトン」や、デニーズの「アンガスサーロインのローストビーフ」など、高級商材がノミネートされている。もちろん一方で「格安スマホ」など、対極のローコスト商材も番付に名を連ねているわけだが、シニア向けの付加価値商材は、依然鼻息が荒い。
両極に乖離したBtoBマーケティングの現状
このような大市場へのアプローチは、BtoCだけのことで、BtoBの世界とは無縁のできごとなのだろうか?
言うまでもないことだが、BtoB商材は素材、部品、製造システム、消耗品と様々な形態を取ってBtoC企業を通じて、一般需要家に間接的に結びついている。クルマにおける炭素繊維、住宅における電気錠しかりである。
元来「営業」ありきで、「マーケティング」の概念が希薄であったBtoBの領域で、マーケティングを行おうとすれば、広告とブランディングしか選択肢はなかった。エンドユーザーとの直接的な接点を持たないBtoBには当然の帰結とも言える。その中で、
①テクノロジーをブランド化して競合に対する仕入優位性を獲得する
②自社の事業の社会貢献をメディアを通じて発信する(BtoSという考え方)
この2つが近年の主流と言え、そのどちらも非常に重要で有効な考え方である。
前者の①は製品領域横断的に採用できる要素技術をブランド化する取組みで、その技術を採用したBtoC商材の価値向上も図る、いわゆるテクノロジーブランディングである。
「ハイドロテクト」や「プラズマクラスター」と言えばその概念は即座に理解できるだろう。 後者の②はいわゆる「企業広告」なのだが、オウンドメディアである自社Webを活用することで、従来より詳細な、中身のある企業発信ができるようになってきた。前田建設の「ファンタジー営業部」や東海バネ工業の「まかせなはれオーダーメイド」など、比較的地味だが、語るべき内容の豊富な事業の紹介が以前より比較的たやすくできるようになってきた。
一般的にBtoB営業は、マーケティングファネル(漏斗)とセールスファネルを積み重ねた構造だと言われるが、前述のような状況を見ると、最上流のブランド認知と、最終地点に近いクロージングに偏っている。言わば、漏斗の上部と下部に力が集中し、中間のプロセスが手薄になっているのである。この意味で、巷間よく言われる「BtoBマーケティング不在」という言葉もあながち間違いとは言えない。
マーケティングとセールスをつなぐ実践的な手法は大きく分けて2つある。
一つは、客先BtoC企業のマーケティング活動を代行、ないしはひと通りおさらいした形で、受注に結び付きやすい提案を行うこと。二つめは、客先BtoC企業内で繰り返し行われる、プレゼンテーションを代行すること。
とくにプレゼン代行フェイズでは、たとえ限られた人へのプレゼンでも、メッセージ性が強く伝達力の高いコピーとデザインがモノを言う。
この二つの手法はことさらシニアマーケティングに限ったことではないが、最終消費者がシニアの場合、とくに前者は蓋然性のある有効な手法となり得る。
本稿では、前者の客先BtoC企業へのマーケティング代行のプロセスと方法論を中心に、BtoB企業のシニアマーケティングを考えてみたい。
「シニア」とは、「齢」ではなく「変化」である
シニアを顧客としたい客先BtoC企業に対してことさらマーケティングを説くのは、客先BtoC企業自体にターゲットオーディエンスへの理解が不足、あるいは、彼らが見込客としての具体的な像を結べていないことが多いからだ。逆にこの点がBtoB企業にとって大きな武器になる。納入先より一歩進んだ対応策があれば、競合より先んずることができるからである。
まずは、自社ひいては客先BtoC企業にとってのシニアとはどんな人たちなのか?―――というペルソナ分析が不可欠で中心的なテーマになる。
シニアについて誤解してはならないことは、シニアとはデモグラフィックな概念で捉えられる、特定の年齢グループではないということだ。
冒頭の10席のバーのアナロジーで述べると、6席の有望なお客さまは、全員がスコッチを好むわけではない。ある人はテキーラである人はカクテルなのだ。世界保健機関の定義通り「65歳以上を高齢者とする」と決めてかかれれば話は簡単だが、そうはいかない。
因みに、いささか情緒的な定義ながら弊社シニアマーケティング研究室では、以下の3つをシニアとして定義づけている。即ち、
① 子育てを終えた世代から高齢者に至るまでの年齢層
② ライフスタイルや身体に変化が訪れる年齢層
③ これからの人生を見つめなおす機会が多い世代
大雑把に言えば、「変化」がシニア需要顕在化の契機であり、当然ながら、個人個人によって「変化」の訪れる年齢は異なってくる。 同じ男性で同じ「変化」を経験しても、完全に現役をリタイアして悠々自適な暮らしを志向する人もいれば、等しく退職金を受け取りながら、一方では役員に加わり、経営に参画する人もいる。ミニ耕耘機という商材を例に取れば、前者は有望な見込客だが、後者はおそらく菜園を借りて、農業を楽しむ時間など、捻出できるはずはないだろう。
だからこそ、対象とするターゲットを絞り込み、正しくフォーカスすることが非常に重要になってくる。限りなく多様化し、個化する幻の大市場は、錐のような切っ先鋭いツールを何本も打ち込む地道な努力が必要になるのである。いわゆるペルソナ像の創造が、とくにシニアに対しては、功を奏してくるのである。
「ペルソナのマッピング」からまず着手
ペルソナ像は、対象となる商品やサービスにより異なり、また、深掘りも必要だが、弊社シニアマーケティング研究室では、基本的なペルソナを仮説としてマッピングしながら、案件に応じて個化するようにしている。その一例が、図1である。
ペルソナの策定は、互いにミッシー(※1)となる2軸を設定し、その中にプロットする形で、大まかなマップを作ってみることからスタートさせる。この例では、X軸を就業状況、Y軸を購買意欲と置いているが、軸の据え方は商品やサービスによって異なってくる。いずれにしても、軸をどう据えるかはとても重要である。
※1 たとえば「過去・現在・未来」のようにある事象が必ずどこかに分類される切り軸の概念のこと
狙うべきゾーンを大枠でカバーできれば、個々のペルソナの詳細の詰めに入っていく。(具体的なツールとして、図2のようなチャートも有効である)
一般的にペルソナと言えば、オープンデータから、架空の人格を作り上げ、固有の名前を付与し、より深く切り込んでいくのが、教科書的な定義だが、この段階ではそこまで踏み込まない。たとえば、以下の程度の記述に留めておく。
育じい・育ばあシニア
・孫が命。とにかく時間があれば孫に会いに行きたい
・第2の育児で生活にメリハリがついた
・他の家の孫の服装、教育、しつけが気になる
・行事は必ず家族みんなで一緒に
・男性も積極的
【金銭的価値観】
・とにかく孫のためならお金を惜しまない
・記念になるものなど、付加価値が高いものには、とくに関心が高い金銭的価値観
【主な情報収集源】
・テレビ
・インターネット
・口コミ
ヘルスケアシニア
・事務通いやランニングなどで体を鍛え、いつまでも元気でいたいと願う
・介護や医療で誰かの世話になるのは嫌だと思っている
・食生活と規則正しい生活リズムを大切にし、生活習慣の中にエクササイズやサプリメン
トを取り入れていることも多い
【金銭的価値観】
・健康はお金をかけても維持したい
・健康グッズ・健康食品には興味があるがよくわからない
・成分や原産地には不信感がある
【主な情報収集源】
・新聞
・雑誌
・テレビ(健康系)
真に「マーケット・イン」のワークフローとは
ペルソナの策定をヤマ場とした、シニアマーケティング策定プロセスをワークフローのカタチで概観してみれば、概ね下記の流れになる。
① ターゲットニーズの棚卸
② ペルソナの策定
③ カスタマージャーニーの追体験による、不・望の抽出
④ コンセプトの構築
⑤ ニーズの再カテゴライズから敷衍されるシーズ(要素技術や既存商材)との整合
具体的に見て行こう。(図3参照)
① ターゲットニーズの棚卸
基本的なニーズや、性能に求めること、用途など、関連する素材を、オープンデータ等から徹底的に洗い出し、見える化しておく。
② ペルソナの策定
① で棚卸したデータや傾向から、架空の人格を作り上げる。年齢・性別・住居形態や家族構成、居住環境、行動様式などを具体的に決定して記述することが大切。(但し、あまりに細部まで記述しても以後のタスクには活かしきれないので注意が必要。)
③ カスタマージャーニーの追体験による、不・望の抽出
日次(時間帯別)の担当商品と生活との関わりを時間軸の上にプロットし、ターゲットペルソナとの関係の軽重を明らかにする。同時に接触時点における、要望や不満を記述し、深いレベルでの購買動機を明らかにする。
④ ニーズのカテゴライズ
前の段階で抽出した、「不・望」を一定のカテゴリーに分類し直す作業である。たとえば「安全性」や「操作性」のように、類似のくくりで再編集し、ニーズのありどころの量と傾向を明らかにするフェイズとも言える。
⑤ニーズの再カテゴライズから敷衍される
シーズ(要素技術や既存商材)との整合
個々のニーズやニーズカテゴリーに呼応できる既存シーズ(製品及び技術)を対応させるフェイズである。対応するべきものがなければ、開発を急ぐ必要がある。
(この後も、ペルソナやニーズの妥当性を検証する定性、定量のリサーチなどが、必要になるが、本稿の主旨とは外れるので割愛する。)
縷々述べてきたことは、川上のマーケティングのオーソドックスなプロセスに他ならない。ただ、得てして「顧客のBtoC企業の要望に沿う」という狭い意味でのマーケット・イン型から、最終消費者を見据えた、本来的な意味でのマーケット・インに転換するということは、大きな負荷を伴うことである。とくに価値観と生活様式など極めて豊かな多様性を持つシニアを対象とする場合、デモグラフィックな分析では事足りない、陰翳の深い顧客知識が必要となる。
しかしながら、BtoB企業屈指の課題である、新規客の獲得は、これぐらいのことを踏まえないと覚束ないのもまた事実である。そしてこのプロセスを経た提案こそが取りも直さず「提案型営業」の「提案」が意味することなのである。
株式会社 日本SPセンター
シニアマーケティング研究室 プロデューサー 中田典男
※本稿は「BtoBコミュニケーション」2014年9月号(一般社団法人 日本BtoB広告協会発行)に掲載した記事を再掲したものです。
2024年10月30日
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