60歳で定年退職して、その後は悠々と年金で暮らす高齢者は少数派となり、多くの高齢者が最低でも65歳、さらには70歳まで働き続けるという状況になりつつある。平成28(2016)年は770万人になり、就業率も男が30.9%、女が15.8%となっている。
人口構造的に大きな数字を持つ高齢者の就業率がさらにアップすれば、さまざまなマーケットにインパクトを与えることは間違いない。
詳しくは以下のレポートを参照されたい
「増加するワーキング・シニアを4類型で考える」
https://www.nspc.jp/senior/archives/5569/
シニアの労働は「ポートフォリオ」の一つなのか?(上)
https://www.nspc.jp/senior/archives/5272/
シニアの労働は「ポートフォリオ」の一つなのか?(下)
https://www.nspc.jp/senior/archives/5371/
一方、年金や定年といった社会制度の変化に対して、人間の脳や眼、筋肉といった身体能力は10年単位で大きく変わるものではない。最近、高齢者の身体能力の向上がいわれているが、30代、40代に戻れるわけではない。当然、就業と身体能力にギャップが生まれ、そのギャップを埋めるサポートが必要になる。そこにビジネスチャンスがある。
考えられるギャップを以下のように大きく二つに分け、それをブレイクダウンしながら具体的な対策を考えてみよう。
Ⅰ.加齢による身体的な衰えをサポートするもの
Ⅱ.就業という社会的活動をサポートするもの
Ⅰ.加齢による身体的な衰えをサポートするもの
身体的な衰えはさまざまだが、就労への影響が大きいのは「脳」と「眼」、そして「耳」の衰え。IT技術の進展、情報セキュリティなど仕事で「脳」と「眼」の重要性は増えても減ることはない。仕事によっては「筋肉」の衰えも影響するだろう。個人差はあるにしても高齢者が仕事を続ける上でそうした機能のサポートは欠かせない。
1)脳
人やものの名前がでてこない、探しものが多くなる…加齢による脳の一部の機能の衰えは高齢者の誰しも実感すること。注意力や集中力の持続時間も短くなる。
◆うっかり対策
・スマホの各種アラームやスケジュール管理アプリなど。AIスピーカーも。
→アマゾンやグーグルなどのAIスピーカーを使ったサービスは高齢者のよきパートナーになるだろう。
・ICタグによる持ち物の位置情報確認(置き忘れ時のアラームも含め)など。
・メールの誤送信防止やサイバーセキュリティ対策など。
→うっかりによる仕事や会社への大きな打撃を防ぐ仕組みがあれば高齢者も安心して働くことができる。
・大きな文字、濃い罫線、見やすいレイアウトの手帳など。
→高齢者のニーズに合致したものであれば、アナログなものも歓迎される。
・自動運転システム
→社会の仕組みを変えるインパクトを持ち、もっとも大きな市場規模と広がりを持つ。社会的課題である高齢者のモビリティを解決できる可能性が高い。
◆もの忘れ対策
・顔認証、静脈認証などでのパスワードフリーなIT、フィンテック環境
→いくつものパスワードが覚えられず、周りに迷惑をかけてしまう。ICカードを忘れて会社に入れないといったことも最新のIT技術で解決できるはず。
・腕に装着して書くメモ
→医療・災害現場用として商品化されているが、シニア用途も考えられる。
・人物画像つきの電子名刺
→高齢者の悩みで最も多いのが「人の名前が思い出せない」こと。
・キーワードで類推可能な「あれあれ電子辞書」
→これができたら私もうれしい(笑)。
2)眼
老化現象の中でもっとも早く、確実にやってくるのが眼の衰え。人が得る情報の8割以上は視覚から。「老眼」は早ければ40歳前後からはじまる。白内障も60歳代では7~8割が罹患しているという調査がある(「白内障手術をめぐる現在の環境 – 日本眼科医会」より)。
◆老眼、白内障対策
・文字の大きさや色使いなど高齢者に配慮した文書ガイドラインの策定など
→自治体などではガイドラインができているところは多いが、企業では未整備のところが多い
・「遠近」に加えPCもカバーできる「遠・中・近」眼鏡。日暮れ時の「見づらさ」を解決してくれる眼鏡。
→まだまだ工夫の余地あり。大ヒットが生まれる可能性がありそう。
・オフィスの照度アップ、個別補助照明器具の設置
→一般に高齢者は作業領域で若年者の1.5倍の明るさが必要といわれている。LED照明で光束が狭くなり、高齢者の作業スペースが照度不足に。その場合は補助照明器具がほしい。
3)耳
人は20歳を過ぎると徐々に聴力が落ちる。高齢者はとくに電話の呼び出し音などの高い音が聞き取りにくくなる。さらに「ふとん」と「うどん」といった言葉の「聞き分け」能力が衰え、早口の会話も苦手になる。
◆難聴、聞こえにくさへの対策
・ビジネスシーンで違和感のない補聴器(形状、機能)
→同時にスマホに転送録音でき、後から確認できる機能なども考えられる。
・高齢者にも聞き取りやすい音響システム(とくに警報音)、会議システム
→TV会議が増えている。高齢者が聞き取りやすい音質へチューニングが望まれる。
◆聞き取りやすさへの配慮
・高齢者の「聞こえ」に対する理解(対話、会議)
→高齢者の聴覚には小さい音は聞こえないが、大きい音は若い人と同じか、若い人以上にうるさく感じる「リクルートメント現象」という特徴もある。
4)筋肉
高齢(70歳)になると男女ともに筋肉量が若い頃(20歳)の7割くらいに低下するといわれる(公益財団法人長寿科学振興財団「健康長寿ネット」)。筋力は個人差が大きいが、就業するには筋力の維持が欠かせない。
◆筋力維持、強化
・ジムやスポーツ施設での筋力維持、強化プログラム
→すでに「カーブス」という成功事例もあるが、さまざまなサービス開発の可能性がある。
・歩行数によるインセンティブアプリ
→歩数によってプレゼントがもらえるアプリや自治体が振興券を提供する制度などが行われている。
・筋肉維持、強化のためのサプリメント、食品
◆筋力サポート
・重量物の取り扱いや介護作業のためのパワースーツ
・各種のサポーター
・疲労回復のための湿布剤、温浴剤など
4)排泄機能
高齢者での就業で大きなネックとなるのが「排泄」の問題。「尿もれ」や「頻尿」といったトラブルを抱えている高齢者は多い。オストメイト(病気などで人工肛門や人工膀胱を造設した人)への配慮も求められる。
◆尿対策
・尿もれ対策下着
→臭い対策、とくに夏場の通勤車内、エレベーター内で臭わない性能が必要。
・尿もれ対策用品(パッドなど)
→装着していることがわからない、トイレに流せるものが望ましい。
◆トイレ
・ヒートショック防止
→空調設備導入により、執務スペースと大きな温度差がないようにする。
・オストメイトに配慮したトイレの設置
→社内の利用しやすい場所にオストメイトに配慮したトイレを設置する。
Ⅱ.社会的適応をサポートするもの
就業や通勤をするにはそれにふさわしいファッションも必要である。勤務先での食事メニューにも配慮がほしい。どんどん進化するITをキャッチアップし続けるための学び。そして高齢者が安心して働くことができるように万一の場合の対応も欠かせない。
1)ファッション
年をとると着ているものに無頓着になりがち。男性はその傾向が強い。しかし就業するということは自分だけでなく、他からの視線を意識した身なりが求められる。とくに若い仲間と仕事をする場合は注意が必要だ。
◆衣類
・体型をカバーしつつ、動きやすいビジネススーツ
→定年をきっかけにつくる「新卒スーツ」
・薄く、軽くて保温力に優れたインナー、涼しい上着
→高齢者は体温の調節能力が落ちるため、通勤や屋外での仕事の時にヒートショック、熱中症を防ぐ機能がある衣類が求められる。
◆シューズ、バッグ
・軽くて歩きやすい(転倒しにくい)ビジネスシューズ
→もう少しフォーマルな高齢者向けの靴があっても良い。
・軽いカバン、できれ転倒に備えた両手が空くショルダータイプ
→いずれにしても品質感とトレンドを踏まえたデザイン性を備えていたい。
2)食事
高齢者は一般的に血圧や血糖値が高い傾向にあり、服薬、治療しながら仕事を続けるケースも多い。就業すれば外食が多くなり、塩分や脂肪分の摂取量が増えがち。そこで高齢者の健康に配慮した外食が求められる。
◆外食、社食
・少量で塩分や脂肪分を控えたメニュー
・煮物、蒸し物など野菜を摂りやすい和風メニュー
→働く高齢者は外食比率が高まる。健康を考えた食事へのニーズは強い。
・塩分や糖質を制限したメニュー
→高血圧症や糖尿病でも安心して食べられるメニューを準備しておく。
・柔らかく、噛み砕きやすいメニュー
→歯に問題を抱えている高齢者が多い。
◆中食(弁当など)
・大きな文字で見やすい材料表示
→塩分やカロリー表示を見やすく
・栄養のバランスを考えた「日替わり」メニュー
・機能性食品を利用したヘルシーメニュー
→とくに「記憶力」など脳の機能を活性化させる機能性食品を含むもの。
3)学び
最近の働き方や生き方の変化に合わせ、高齢就業者にも専門性の追求や自律的なキャリア形成が求められる。併せてITや情報セキュリティなどの知識も更新してゆく必要がある。
◆専門分野、IT、情報セキュリティ
・「Ed-Tech(エドテック)」を活用した「リカレント教育」
→リカレント教育は生涯にわたって教育と就労を交互に行うことを勧める教育システム
・社内ナレッジリフレッシュプログラム
・シニア向けの資格取得講座
→高齢者がこれまでに得た知識や豊富な経験を「見える化」できる資格は仕事を続ける上で有利になる。
◆語学
・音声による自動翻訳
→AIの進展でかなり使えるようになってきているが、さらに使いやすくものに。
・シニア向けの語学習得コース
→豊富な経験と身軽さ(子どもたちが独立)で海外への技術指導に赴くシニアも多い。そのための語学習得コースがあると良いだろう。
4)救急対応
高齢の従業者が増えれば心疾患、脳疾患など職場で重篤な事態が発生する場合を想定しておく必要がある。
・AEDの導入、救命講習の実施
・緊急時対応アプリ
→119番通報と同時に、アプリの受信登録をしている社内の医療有資格者や救命講習受講者へSOS信号を届けることができる緊急情報共有アプリも開発されている。
・緊急時対応のマニュアル化
高齢者の就業によって生まれるギャップを埋めるニーズ、その解決策など、一部ではあるが挙げてみた。御社の製品やサービス開発のヒント、検討の糸口になれば幸いである。
株式会社日本SPセンター シニアマーケティング研究室 倉内直也
2024年2月8日
2023年8月10日
2023年6月12日