2016年6月28日
交通事故による死亡者に占める高齢者の割合は、平成26年に約53%と半数を超えている。歩行中の死亡事故に占める高齢者の割合は約半数。30歳代の10倍以上にもなる(図1)。高齢者は交通弱者となっていることは以上の数字からも見てとれる。
そこで、今回は交通心理学がご専門で高齢者の交通事故対策にも取り組まれている、帝塚山大学の蓮花一己教授にお話をお聞きした。前回は高齢者ドライバーが抱えるリスク、運転する立場での高齢者についてお話を聞いたが、今回は歩行者としてのリスクやその対策についての示唆をいただいた。
前回の「高齢者ドライバーが抱えるリスク」は以下を参照
https://www.nspc.jp/senior/archives/1171/
教授は交通心理学がご専門で内閣府の「交通安全基本計画策定専門委員会・委員」としてさまざまな交通事故対策にも取り組まれている。
◆蓮花一己(れんげ・かずみ) 帝塚山大学心理学部教授・副学長 専攻:交通心理学 産業心理学 内閣府の第10次交通安全基本計画策定専門委員会・委員
私の目標はさまざまなアプローチを通じて交通事故、事故被害者を減らすことにある。とくに歩行者や自転車の被害事故を何としても減らしたいと考えている。我が国の歩行者や自転車の被害事故の多さは発展途上国なみである。そのような中で今回はとりわけ交通弱者である高齢者が、歩行者として事故被害に合わないためにどうすれはよいかについて、アトランダムではあるが話してみたい。
高齢歩行者の問題点
高齢者歩行者の事故では道路横断中に車にはねられて重大な事故になるケースが多い。高齢歩行者の行動や事故原因の研究は最近やっと進みつつあるのが現状だが、私の研究室で高齢者の横断の様子を録画して観察すると結構、危険な行動が多いのがわかってきている。たとえば
・信号や横断歩道のある交差点以外のところで横断する(交差点まで歩くのは面倒)
・突然、車道に飛び出す(先急ぎ傾向、目の前のことにすぐに反応する)
・まっすぐ渡らない(斜め横断、横断後車道を歩くなど自分の都合で横断する)
・歩道橋の下を横断する(階段の登り降りは高齢者には負担)
・右からの車をやり過ごすと左からの車を確認せず横断する(渋滞している車間から飛び出す)
・車が近づいて来ているのに横断する(加齢による精神機能の低下で車のスピード、車との距離が正しく認識、判断できない)
こうした原因の事故を避けるためにいくつか対策が考えられる
1)車の巡航速度を下げる
事故の原因の一つに速度超過があるが、事故が起こった時に歩行者が受けるダメージの大きさも速度に比例する。とくに高齢者は死亡事故につながる可能性が高くなる。巡航速度を下げることは交通量の問題から難しいが、市街地の道路は制限速度を落とし、市街地を取り巻く環状道路は制限速度を上げるなど「道路の役割分担」を明確にすれば、歩行者の多い市街地の巡航速度を下げることができる。
※編者注:平成27年版交通安全白書で交通事故による年齢層別の致死率を見ると全体が0.57であるのに対して高齢者は2.04と突出して高い。同白書によると死者数が減り続けているが致死率は上がっている。原因は交通事故死に占める高齢者の割合が高まっているためと考えられる(図2)。
ドイツなど欧州では道路の役割分担に加え、歩行者の多い地区の道路に凸「バンプ」を作る、丸い交差点とも呼ばれる「ラウンドアバウト」の採用、道路を屈曲させて車が自然と減速するなどの手法も行われている。
2)安全アセスメントの徹底
道路を作る、改修する際に地域の利用者がどのような行動をとるか、交通心理学や交通工学の視点から「交通安全観察」を行うことが重要だ。とくに高齢者は生活習慣を変えることに抵抗があり、大規模道路が高齢者の徒歩生活圏を分断する場合などは対策を事前に取ることが求められる。
例えば高齢者がよく横断する場所の照明を明るくして歩行者、車双方の視認性を高めるなどの対策をすることで事故を低減できる可能性が高い。
3)ICTの活用
最近のICT技術の進展により、車対車、車対道路、車対歩行者それぞれが情報をやり取りすることができるようになってきた。道路のセンサーで歩行者の行動を検知して近くの車の運転者がその情報を共有する、高齢者の身に着けているGPS機能を持つ機器が運転者に高齢者の存在や歩いている方向を知らせるといったことが実現できれば高齢者の事故を減らすことができるだろう。
さらに、ETC2.0のような車対道路の通信機能を利用して車が急減速したときの情報をビッグデータとして収集し、その地点を危険ゾーンとしてカーナビに表示するといったことも考えられる。
4)「明るい道路」に
上記と関連するが、インフラを整備することで高齢者の事故を減らすことができる。これにはさまざまな手法があるが、その一つが「明るい道路」にすることである。日本の道路の照明は「面」ではなく「点」となっている。米国などでは面で照明するので道路が明るく見やすい。
秋や冬になると高齢者の活動時間が夕暮れから夜と重なり、視力の落ちた高齢者の危険度が増す。これまでは照明のための電力消費が問題になってきたがLED照明が普及し、少ない電力で照明ができるようになってきた。「明るい道路」は運転者にとっても視認性が高まるのでその面でもプラスになる。
5)加齢と世代を考えた安全教育
交通問題において高齢者の行動は子どものそれと似通っている部分が多い。例えば少しでも早く次の行動に移りたいという「先急ぎ傾向」がある。周りを確認せずにすぐ行動を起こしてしまう。また、目の前のことから行動する。道路の向こう側に知り合いがいると急にそちらにいこうとする。いずれも道路での飛び出し事故の原因となる。これらは加齢による脳組織の 能力低下が原因ではないかといわれている。
※編者注:警視庁では道路横断中の高齢者の交通事故を防止するために「高齢者交通指導員」制度を作り、交通安全キャンペーン、高齢者宅への家庭訪問による交通安全教育などの活動を行っている。
また、高齢者の歩行者事故が多い原因の一つに車を運転したことのない高齢者(とくに女性)が多いことが挙げられる(図3)。運転経験がないため運転者の立場からの危険認識がない。「車が避けてくれる」という思いが強い。しかし、この問題に関していえば、あと20年すればほとんどの高齢者が免許取得の経験があるようになるので事情は改善される可能性がある。
※編者注:高齢者、中でも女性の歩行中の事故率は他の世代に比べて高くなっている。(図3)。
高齢者の安全教育の徹底は課題だが大切なポイントとして、加齢による影響に加え、世代の違いによる影響も常に考慮しておく必要がある。
以上、高齢者の交通事故、なかでも歩行者の事故を減らすための対策をいくつか挙げたが、もちろんそれだけではない。最近では、高齢者の交通安全を考えるに当たり、脳科学などの医学分野、介護など福祉分野から更に広くの専門家が集まり研究している。これからその成果が上がってくるのではと期待している。
平成28年5月23日 帝塚山大学 蓮花研究室にて
聞き手/まとめ 株式会社日本SPセンターシニアマーケティング研究室 倉内直也
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