高齢市場において多くの財・サービスは、加齢に伴い発生するニーズに対して、その都度提案している。高齢者の変化がベースとなるので、「そのとき」まで待つ。あるいは「そのとき」に備えることを提案している。
加齢に伴い発生しがちなニーズとは、たとえば「退職したら長期旅行に行きたい」とか「取りたかった資格取得にチャレンジしたい」とか「本格的に〇〇(趣味や学び)をやりたい」といった新しい行動。あるいは膝が痛い、髪が減ってきた、部分入れ歯が必要になったなどマイナスを補いたいニーズ。最近は、マイナスを補いつつプラスが生まれる提案も見かける。部分ウィッグひとつでいろんな髪の印象をつくることができるとか、体力をつけながら友達ができるスポーツジムなども増えている。
一方で、「そのとき」に備えるとはたとえば「安全確保のために住まいをリフォームする」とか「健康のために〇〇する」とか、終活も“ソナエ”のひとつといえる。
これまで「備える行動」の喚起が難しいことについて、あるいはソナエ行動の取り組み方、アイディア、視点などを記事で紹介してきた。(“「抗老化」と「老いの受容」” 、“よりよく歳をとる。長生きをリスクにしない 「行動」は、どうやって始まるか?”、“よりよく歳をとる。長生きをリスクにしない 加齢を「知って感じる、考える、行動する」”、 “よりよく歳をとる。長生きをリスクにしない 生き方を叶える環境とは?”“よりよく歳をとる。長生きをリスクにしない ソナエマーケティング~プレシニアへの提案:視点”)
今回は、高齢者が「今すぐ解決策を探して、考えて、決めないと…!」となった時、いざという時に、真っ先に思い出してもらう。選ばれる事業者になるために、「ソナエる提案」以外に今、何ができるか?という視点から考察したい。
「ソナエ」意識なく刻まれる、
いずれ直面する選択に大切な基準
駄菓子屋を併設し、地域の子供が集まる高齢者住宅としてメディアにもたびたび取り上げられている、サービス付き高齢者住宅「銀木犀」。運営しているのは、建築資材メーカー「株式会社シルバーウッド」だ。(建設資材メーカーがなぜ高齢者向け住宅に取り組むに至ったのか?経緯は検索でいくつも確認できるので、ここでは省く。)
シルバーウッドはVR技術を活用して認知症中核症状を体験し、認知症で困っている人への理解と関係づくり、支援などに生かす取り組みでも注目されている。ベースは高齢者の生活環境に、大切なことは何か。看取りまでのケアとは何か。高齢期のくらしについて家族だけでなく社会全体、特に地域やコミュニティを意識した取り組みを進めている。
模索しながら、地域とつながっていることが豊かな高齢期を実現し、「ありたいくらし」を高齢者含め市民全体に提案している。これまでのさまざまな取材に対してシルバーウッドは、高齢期をどう過ごすことがしあわせか。しあわせのためには家族だけでなく、地域社会も含めて、ともに生きていくことの重要性を語ってきた。
地域社会に溶け込む高齢者施設とは
「銀木犀」は駄菓子屋に加えて、地域の人も利用できる食堂を設けているという。地域の人が集う場所になっている。近所の親子が食事をとり、子供たちが駄菓子屋にやってくると、店番をしている高齢の居住者は子供たちとのやりとりや小銭の計算も必要となる。楽しみや役割により、居住者にプラスの影響が生じている。
この「地域に溶け込む、開かれている」という方針は、「銀木犀」に居住する高齢者によりよい環境を提供すると同時に、選ばれるサ高住への第一歩にもなっているのではないだろうか。
今すぐ高齢期の住まいを準備しなくてもいい世代にも、高齢期のくらしについて具体的に思いを馳せたり感じ考えたりする機会を提供している。「銀木犀」が考える、何が大切かを伝えている。
3世代居住の家庭は年々減少し、現在は、実に9.3%。一方で、親と未婚の子のみの世帯は20.5%。(2021年国民生活基礎調査)親世代と同居していない家庭が多く、今の子育て世代は年をとっていく過程を日常に携えていない。高齢期にどういう状況が発生するか、知る、理解する機会も減っている。なにが必要になるかもわからないまま自分の親、自分の高齢期に対峙するよりも、自分の生活圏内で高齢者の生活を身近に感じ、交流を得られることはよりよい高齢期を迎えるために役に立つ。
何より、「銀木犀」への理解や共感も生まれる。親の高齢期、自分が高齢になったとき、どこでどう暮らしたいか。何が大切で、どういう居住空間・環境・支援があると、どんなくらしが可能なのか。いざというときに考えるものさしとして「銀木犀」における暮らしが、ひとつの基準になるのではないだろうか。
日常的に訪れていると
必要になった時、利用しやすい
デイサービスを行うなどしている介護・福祉施設が、会議室を地元の市民活動・団体活動に使ってもらう仕組みを設けている地域もある。市の市民活動支援課が音頭をとって、会議室を貸してもいい施設と活動場所を探している市民団体を繋いでいる。
人が集まって何かをやろうとするには場所が必要だが、そのたびにお金を払って場所を借り続けるのは難しい場合も多々ある。そこで活動拠点のように使える場所に、施設の会議室を借りるという仕組みだ。
地域の人は日常的に出入りすることで、当該施設の雰囲気や利用者の様子が垣間見える。場合によっては働く人とちょっとしたおしゃべりで関係が生まれたりする。
介護保険利用において、デイサービスと呼ばれている「通所介護」は「福祉用具貸与」に次いでよく利用される。通所介護施設一般型の場合、食事や入浴補助・機能訓練・レクリエーションなどの介護サービスが受けられる。これらを通じて高齢者の社会的生活を維持し、孤立感の解消や心身機能の維持、家族の介護の負担軽減などにも寄与している。
通所介護は一般型、リハビリ特化型、認知症対応型、療養型と異なる目的・対象者に向けて展開されている。どこのデイサービスを利用するのかは、目的に加えて、利用者の特性も踏まえて(おしゃべりが好きだったり、静かに過ごしたいタイプだったり、自立具合はどうかなど)ケアマネージャーがあっていそうなところを推薦してくれる。
どこにどう通うかは条件によってある程度決まってくるだろうが、家族としては知らない場所より知っている施設の方が安心。通う本人とっても、既知の場所に出かけるのと新しい場所に出かけるのとではハードルの高さが大きく異なり、家族も送り出しやすい。
誰もが必要だが、多くの人はまだ手付かず
「いつ」が不明だから、「いつか」のまま
親のこと、自分のこと、高齢期に生じやすいことや必要なことについて考えたり準備したりすることは、誰にとっても難しい。「終活」というキーワードの出現で行動に移せる人、行動に移しやすい分野も出てきたが、実際のいざというときまでほぼ手付かずのことも多い。
特に親のこととなると、同居していても遠慮があったり、離れて暮らしていると口に出しづらかったり言葉選びに失敗して口論になってしまったり。
いつまで経っても備える活動に向かうことができない。
利用者側がソナエる行動に向きにくいのであれば、提案側が市民生活の中に入り込める仕組みをつくることも一つの方法だ。
紹介したサ高住や介護施設のように、地域住人が集える仕組みを設ける方法もある。ある葬儀会社は、各ホールで地域に向けてカルチャー活動を展開している。エンディングノートの書き方講座を開いたり、ハーバリウム作成の講座を開いたり、地元の人が施設に足を運ぶきっかけをつくっている。
「いつ」かは必要だが「いつ」かがわからないので、何となくそのままにしている。
そういうテーマに対する提案はCMやチラシで認知度向上を図るだけでなく、日常生活に関われる機会をつくることが大切かもしれない。
株式会社日本SPセンター シニアマーケティング研究室 石山温子
2025年1月23日
2024年12月23日
2024年11月11日