「子孫に美田を残さず」とは、広く人口に膾炙した俚諺だが、
取り立てて宣う裏には、「美田を残す」ことが
圧倒的な常識として定着していることがある。
農耕民族としての遺伝記憶はそう簡単に拭い去ることはできないようだ。
しかしながら「子孫に美田を残さず」と考えている人が
シニア世代を中心にわずかながら増えてきていることも事実である。
図1は、「子どもや家族に土地・建物の形で財産を残したい」か
どうかを年齢層別に問うたもの。
年代が上がるに伴ってこのような意見が増えると思いきや、
シニア世代にさしかかるとグッと減ってくる意外な事実が浮かび上がった。
30代・40代が「子孫に美田を残す」意識が顕著で、
いずれも過半数を超えている。
とくに30代では6割の意見となっているとは驚きである。
一方のシニア世代では、50代~60代で半数を割り込んでいる。
すでに「子孫に美田を残さず」が多数派の声なのだ。
シニア層を細かく年齢層別に区切った別のデータにも、
「子孫に美田を残さず」派が増えてきている証左がある。
図2は、「資産の使い方に関してどちらの意見に近いか」を問うたもの。
2つの意見とは、
「資産はできるだけ子孫のために残してやる方がよい」(以下A)、
「資産は自分の老後を豊かにするために
活用(売却、賃貸など)する方がよい」(以下B)の
2つの意見を指す。
興味深いのは、年齢が上がるにつれて、
2つの意見が反比例していること。
高齢になればなるほど、Aの意見が支配的になるのは、
身の回りを見渡しても首肯できると思う。
但し、シニア世代の起点となる、60代では、
A・B二つの意見がほぼ拮抗している。
このデータは22年度公表だから現在では、
すでにBの意見が多数になっているかもしれない。
とは言え、不動産の所有への希求は依然として根強い。
国交省の調べでは、60代の83.9%、50代の83.1%を筆頭に、
「土地・建物については両方所有したい」と思う人が
各年代を通じて、いずれも60%を超えている。(図3)
所有したい理由のトップが、
「子どもや家族に土地・建物の形で財産を残したいから」であることは、
他の選択肢と合わせて考えれば当然の帰結であろうが、
24年の調査と比較すれば、
わずか1年で3.5%もそのスコアを下げている。(図4)
「資産は残すより使う」この傾向は、
緩やかで目に見えないが、
マントルのように確実に流れているのである。
「所有はしたいが残したくない」ならどうすればいいか?
この答えの一つがストックである資産をフローに変えることだが、
その代表とも言える、リバースモーゲージの知名度が
意外なほど低い。
5歳刻みでシニアを対象に取ったデータでは、
最もスコアの高い60代前半でも26.1%に留まっている。
(データは5年前のものだが、日本に導入されてから
30年以上経過しているので、
現在でもあまり変化がないと思われる。)(図5)
ただ、昨年来メガバンクが相次いで商品化したこともあり、
再び見直しの機運にあることは間違いないだろう。
「資産を担保にフローであるキャッシュに変え、死後は担保でチャラにする」
このしくみは、リバースモーゲージが普及を阻む4つの要因、即ち、
1. 担保割れリスク
2. 融資額の低さ(土地部分のみの担保評価)
3. 資産への強いこだわり
4.担保物件が限定される
のうち、少なくとも3のマインドの部分の軽減にはつながるだろう。
それより何より、フローの増加は経済を活性化させる。
また、「空き家対策」という重い課題の解決の一助にもなる。
仕組みが分かりづらい、という見込客の声も多いらしい。
商品提供者には、高齢者にもわかりやすい説明を切にお願いしたい。
日本SPセンター シニアマーケティング研究室 中田典男
2024年6月24日
2024年6月3日
2024年5月22日