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地域活動館の事例から、高齢者の社会参加について考える

高瀬麻以 氏
東京都健康長寿医療センター研究所・
東京大学高齢社会総合研究機構 研究員
高瀬麻以 氏

 高齢者が健康でいるためには、栄養、体力、社会の3つの柱が大切であると言われています1)。特に「社会」は「社会に参加すること(社会参加)」を指し、高齢者が孤立しないために重要です。2年前にCOVID-19が流行してからは、社会参加の機会が減り、孤立している高齢者が増えていることをメディアが発信しています。

 社会参加の重要性は日本の高齢者のみならず、世界的にも共通している概念です。ホモサピエンスのみならず、サルやゾウの世界でも互いに繋がりを持つことが明らかになっています。社会という集団に関与することは、生きるために必要な術として本能に組み込まれているのかもしれません。

図1:The Social Behavior of Older Animals (参考文献として)

 高齢社会白書によると、60歳以上の者のうち、58.3%が就労、ボランティア活動、町内会や地域行事等の地域社会活動を行っています2)。COVID-19流行前は、「健康・スポーツ」(33.7%)、「趣味」(21.4%)、「地域行事」(19.0%)の活動に参加している高齢者の割合が高い傾向にありました3)。一方で、社会的な活動をしていない者の理由に着目すると、「団体内での人間関係がわずらわしい」(17.0%)が上位に含まれます4)。活動には会員制のものがあり、登録期間内は頻繁に参加を求められることが、わずらわしさに繋がることがあるようです。

 この課題にアプローチするために、東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)は社会福祉協議会とUR都市機構と連携し、千葉県柏市の豊四季台団地にて、「地域活動館」(図2)を立ち上げました。図3に示すように、地域活動館では音楽からクラフト、カフェまで、多様なイベントが開催されています。イベントは地域にお住まいの活動グループの方が自主的に、またはNPO法人が運営していますが、参加者に会員登録や、継続した参加義務などを課さないというルールを守ってもらっています。

図2 地域活動館
図3 地域活動館のカレンダー (表示月はCOVID-19の影響で全てキャンセルされた)

 設立約2年後の段階で、地域活動館の効果を探るために学術的な調査を行ったところ、2点の興味深い結果が得られました。まず、高齢期では身体機能が段々と衰えるため、社会的な活動に参加しにくくなる者がいます。地域活動館に来館している高齢者も、高齢になるにつれ地域活動館外の活動数が減っていることが分かりました。

 それに対して、地域活動館で参加する活動数が増えていました(表1)。また、参加者の他者との繋がりの数が年齢を重ねても保たれていました(表2)。地域活動館に来る高齢者の殆どは団地に住む方々であり、徒歩で地域活動館にアクセスができることから、孤立予防の一端を担ったと考察しています。

表1 年齢ごとの利用者の社会参加の状況
出典:Kim al. (2020)を訳出
表2 年齢ごとのソーシャル・ネットワークの状況
出典:Kim al. (2020)を訳出

 次に、地域活動館に来る理由を調べたところ、「気軽に来ることができる」という動機が得られました。会員制のサークル活動などと比較し、人間関係が濃密になりすぎないことがポイントのようです。またイベントの種類ごとに参加動機を分類したところ、例えば音楽関係のイベントに参加する高齢者は他者との交流を求めないという傾向にありました(表3)。人と会話や交流をし、和気あいあいと交流するイベントがある一方で、交流を強いないイベントがあることが来館に至った可能性があります。

表3 参加しているプログラムの参加動機の関係 (N=101)
出典:Kim et al. (2020)を訳出

 地域活動館のメリットが示唆されましたが、一方で、会員制の活動にある「役割感」などは、得られにくいことが分かっています。高齢者の社会参加を考えるにあたり、運営方式に優劣をつけるのではなく、それぞれの特徴を理解し、地域の中に両方の場を設けることが大切なのかもしれません。(結果の出典:参考文献5)

 さて、日本に住んでいる我々にとっては、これまで述べてきた社会参加の活動は、それなりに馴染みがあると思います。インターネットで検索すると参加できる活動グループの情報は沢山得られますし、地域のスーパーや商店街でも勧誘のチラシが貼ってあります。しかし、このような活動が先頭に立つ日本の高齢者の社会参加は、世界的に見てとてもユニークです。研究としての学術的な証明は民俗学の分野の先生方に託したく、所見に過ぎませんが、日本と海外の一部の国と高齢者の社会参加の事例を比較したことがあります。

 身近にいた留学生や外国の方を対象に、「自国において高齢者の社会参加と言われた時に、一番はじめに思い浮かぶものは何?」と質問しました。その答えは下記の様です。

台湾   :お寺への参拝 (図4)

ネパール :子供に対する地域的な読み聞かせや語り部の活動

スリランカ:宗教的なお話を伝承するような集まり・有識者と語り合う会

ドイツ  :教会への参拝

スペイン :高齢者のみが会員のダンス・演劇団

アメリカ :教会への参拝・若者と高齢者がマッチングされ、若者が高齢者を支える活動

図4 台湾の龍山寺 (観光で行ったが、高齢者の参拝が常であるそう)

 日本と比較して、宗教的な活動に参加しているイメージがあるように感じます。この傾向を、これまでは単に「文化的な違い」として捉えていましたが、COVID-19が流行して考えさせられたことがあります。クラブ活動やサークル活動など、最悪の場合は無くても生活ができるような活動は、感染対策のためいち早くCOVID-19により休止してしまい、自粛期間中も対策が遅れることが想定されます。

 地域活動館もCOVID-19による緊急事態宣言下では完全に閉鎖されました。宗教的な活動のように、色濃く生活の中に織り込まれている活動は人同士の繋がりがより綿密であると考えています。対して、余暇活動のみに参加する高齢者は、有事があった折にはより孤立しやすいのかもしれません。

 グループ活動が主流な日本でも、COVID-19流行下で生まれた動きがあります。地域活動館では、イベント運営者が自発的に自粛している参加者にアプローチしていました。例えば定期的に手作りのニュースレターを作成して参加者のポストに投函したり、クラフトのイベントでは小物を作り、参加者のお宅に届けたりしていました。地域活動館のイベントでオンライン化した企画はありませんでしたが、Zoomなどを使ってオンラインで活動を展開した例が全国的に多数あります。

 ワクチンの接種により今後は社会的な活動が再開していき、元の形に戻るものも多いことでしょう。COVID-19が流行した期間中に生まれた対策は、不要になるのではなく、今後は孤立の予防の分野に役立つことを期待します。

 最後に、高齢者の社会参加というテーマに取り組むにあたり、私が個人的に指針としている経験をひとつ共有させてください。

 大学の学部生の時に受けた授業で、十数年後経った今でも記憶に残っている講義があります。母校である東京海洋大学の鈴木秀和先生が「生き物の進化の対義語は何か」という問いを授業中に出されました。模範解答としては「退化」が正解なのでしょう。私もそれなりに自信あり気に「退化」と答えましたが、「進化が変わることであれば、退化は進化ではないのか。進化と退化という概念で区別して考えることができるのか」と問われ、目が覚める思いでした。

 老年学の分野の研究に従事するようになり、人の生活を基軸に考えることが増える中で、鈴木先生の話が当てはまると感じる場面が多々あります。

 例えば、高齢者の人間関係に対するCOVID-19の影響はどうでしょうか。

 ここ数年、私たちを取り巻く人間関係は大きく変わりました。直接会って話をする機会が減ることは「退化」なのでしょうか。Zoomなどのオンラインプラットフォームを介して手軽に交流できることは「進化」なのでしょうか。オンラインプラットフォームに馴染めない高齢者は、果たして「進化」に乗り遅れているのでしょうか。

 今回は高齢者の社会参加の話をさせていただきましたが、活動に参加するようなアクティブな高齢者が「進化」で、参加していない高齢者が「退化」のでしょうか。

 確かに必要な時に繋がれる先がなく、孤立してしまうことは避けたく思います。ただ、極端に2軸で考えるのではなく、その人が心地よいと感じる関係性を築ける環境を用意すること。そのような地域を作ること。高齢者の社会参加を考えるときには、その視点が大切なのかもしれません。

参考文献

  1. ヘルシーエイジングと地域保健研究 https://www2.tmig.or.jp/spch/project3.html
  2. 令和3年版 高齢社会白書3. 学習・社会参加 図1-2-3-1 60歳以上の者の社会活動の状況https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2021/zenbun/pdf/1s2s_03.pdf
  3. 平成29年版高齢社会白書3. 学習・社会参加 図1-2-5-1 高齢者のグループ活動への参加状況https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/zenbun/pdf/1s2s_05.pdf
  4. 令和3年版 高齢社会白書3. 学習・社会参加 図1-2-3-2 社会的な活動をしていない理由https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/zenbun/pdf/1s2s_05.pdf
  5. 荻野亮吾、高瀬麻以、似内亮一、後藤純. 社会的活動性を維持・向上させる場の運営方法 ~「地域活動館」方式の開発と実装を通じて~ ライフ・レジリエンス学 第1巻. 2021年3月
高瀬麻以 氏
東京都健康長寿医療センター研究所・
東京大学高齢社会総合研究機構 研究員

高瀬麻以 氏

東京都健康長寿医療センター研究所および東京大学高齢社会総合研究機構の研究員。緑秀会田無病院 教育・研究担当。主に地域における居場所、地域での生活支援や子育て支援、健康状態に根深く関連する食事・ソーシャルネットワークなどをテーマとして研究。一人の生活と健康を総合的に底支えすることを目標とし、森メソッド(Renatus 特許第5636127号)のリンパセラピストとして施術を行う。研究者とセラピストの2足の草鞋で活動。