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◆体験談に見るシニアのリアルVol.2◆高齢者講習
―72歳が感じた不安と安心


高齢者講習のお知らせ」が届いた日

 私は72歳である。

 都市部に住んでいるので、日常生活だけを考えれば地下鉄やバスで不自由することはあまりない。しかし、趣味の写真撮影に出かけたり、妻と温泉旅行を楽しんだり、少し郊外まで足を延ばしたりするとなると、やはり車は欠かせない存在である。

 若い頃のように毎日運転するわけではない。それでも車は今の私にとって行動範囲を広げてくれる大切な相棒であり、暮らしの自由を支えてくれる存在である。

 そんな私のもとに、先日一通のはがきが届いた。差出人は京都府公安委員会。開封すると、「高齢者講習等通知書」と書かれていた。普通自動車免許の更新に先立ち、高齢者講習を受講してくださいという案内である。

 70歳を過ぎれば対象になることは知っていた。制度についても何となく理解していたつもりだった。しかし、実際にはがきを手にすると気持ちは少し違った。「とうとう自分も高齢者講習を受ける年齢になったのか」。

 72歳なのだから当然のことである。それでも、紙に印刷された「高齢者」という文字は、自分が思っている以上に重みを持って迫ってきた。年齢を重ねたことは十分自覚しているつもりだった。しかし、制度として「あなたは高齢者です」と告げられると、また別の感慨がある。

高齢者講習って何をするのだろう

 通知を受け取って最初に思ったのは、「高齢者講習とはいったい何をするのだろう」ということだった。試験なのだろうか。もし成績が悪かったら免許更新はできないのだろうか。運転をやめなければならなくなるのだろうか。そんな不安が頭をよぎった。

 そこでまずインターネットで検索すると70歳から74歳までの高齢者講習は、加齢による身体機能の変化を確認し、安全運転に役立てるための講習であり、試験ではないことが分かった。適性検査や実車による教習は必要だが、合否を判定するものではない。

 一方で75歳以上になると認知機能検査が加わり、交通違反歴がある場合は教習ではなく運転技能検査が必要になる。私は71歳なので対象は高齢者講習のみである。少し肩の力が抜けた。しかし不安が完全になくなったわけではなかった。

 最近、高齢ドライバーによる事故は少なくない。アクセルとブレーキの踏み間違い、逆走、歩行者を巻き込む重大事故。報道を見るたびに胸が痛む。事故を起こした人も、事故を起こそうと思って運転していたわけではないはずだ。そう考えると、「自分は大丈夫だろうか」という思いは誰にでも生まれる。

 高齢者講習は、単なる更新手続きではなく、自分自身と向き合う機会なのかもしれないと思うようになった。

試験場か自動車学校か

 講習は運転免許試験場でも自動車学校でも受講できる。私は最初、自宅近くの自動車学校で受けようと思っていた。慣れた環境の方が気楽そうだったからである。ところが調べてみると、運転免許試験場で受講する方が費用は少し安い。さらに予約できる時間を確認すると比較的空いており、朝一番の講習を受ければ、そのまま免許更新手続きまで済ませられるという。

 それなら効率がよい。そう考えて試験場で受講することにした。ただし、少しだけ不安があった。試験場の指導員は厳しいのではないかという勝手な先入観である。自動車学校の教官は親切そうだが、試験場となると元警察官のような人が出てきて細かく指摘されるのではないか。今思えば笑い話だが、その時は本気でそう思っていた。

適正検査はクリアしたが…

 講習当日、私は少し早めに家を出た。受付を済ませると、同年代と思われる受講者が十人ほど集まっていた。まずは講義を受け、その後、一人ずつ適性検査を行う。専用の機器を使い、動体視力や視野の広さ、夜間視力などを測定する。若い頃には経験したことのない検査である。

 結果は意外だった。私は動体視力も視野も夜間視力も問題なく、今回受講したグループの中では最も良い成績だったのである。正直なところ少しうれしかった。しかし、その結果だけで安心できるわけではない。実際には若い頃と同じように見えているわけではないからだ。

 夜になると道路標識は見づらくなる。雨の日には対向車のライトがまぶしく感じる。知らない土地を夜に運転することにも不安を覚えるようになった。そのため私は数年前から夜間運転をできるだけ避けている。旅行へ出かける時も、必ず日没前に宿へ到着する計画を立てている。

 検査の数値は良かった。しかし、自分自身の変化を確実に感じている。高齢者講習は能力を測る場であると同時に、自分の現在地を確認する場なのだと感じた。

実車講習は思ったより穏やかだった

 続いて実車講習である。私はこの時間が一番緊張していた。コースを覚えなければならないのではないか。細かく採点されるのではないか。そんなことばかり考えていた。

 ところが実際には、走り始めてから指導員がその都度進路を指示してくれる。

 「次を右へ曲がってください」「そのまま直進してください」。指示に従って運転するだけでよかった。カーブの通過、一定速度での走行、段差を越えて停止し再発進する課題などが行われたが、普段から落ち着いて運転していれば特に難しい内容ではない。

 講習が終わり、指導員から「特に問題はありません」と言われた時には、胸の奥にたまっていた緊張がふっとほどけるのを感じた。その際、低い段差の手前で一旦停止し、再び発進して段差を乗り越える段差発進教習の意味について説明を受けた。これはアクセルを強く踏み込みすぎないか、急発進の傾向がないかを確認するための課題だという。

 なるほどと思った。近年、高齢ドライバーによる急発進事故が社会問題となっている。

 ニュースでは簡単に報じられるが、その背景には加齢による身体機能や認知機能の変化がある。講習はそうした事故を防ぐための大切な機会なのだと実感した。

運転できることが暮らしを支えている

 高齢ドライバーの事故が報じられるたびに、「免許返納」が話題になる。もちろん安全は最優先である。しかし、高齢者の運転を考える時には別の視点も必要だと思う。運転できることは、単なる移動手段ではないからである。

 特に地方ではその傾向が強い。病院へ行くにも、買い物へ行くにも、車がなければ生活できない地域は少なくない。70歳以上のドライバー約1,362万人。これは日本の全運転免許保有者の16.6%(約6人に1人)を占めると言われている(※内閣府「令和6年度 交通安全白書」による)。それだけ多くの高齢者が車とともに暮らしているのである。

 運転できるかどうかは、生活の質そのものに直結する。だからこそ難しい。まだ十分運転できる人もいれば、自分では大丈夫と思いながら危険な状態になっている人もいる。

 その線引きは決して簡単ではない。高齢者講習は、その難しい問題に向き合うための一つの仕組みなのだろう。

自動運転という未来への期待

 高齢者講習の通知を受け取った時、私は少し憂鬱だった。年齢を突きつけられたような気がしたからである。しかし実際に受講してみると印象は大きく変わった。これは高齢者を排除するための制度ではない。これからも安全に運転を続けるため、自分自身の状態を確認する機会なのである。

 もちろん、いつかは車を降りる日が来るだろう。五年後なのか十年後なのか、それは分からない。しかし、その日を正しく判断するためにも、自分の変化を客観的に見つめ続けることが大切なのだと思う。今回の高齢者講習は、免許更新のための手続きというより、自分自身の現在地を確認する時間だった。

 運転できる喜びと、運転に伴う責任。その両方を改めて考える機会になった。そして私は、もうしばらくこの相棒と付き合っていこうと思っている。なにより安全第一で…

日本SPセンター シニアマーケティング研究室 特別顧問 村井直也