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高齢期の「楽しい」は何で、できているか?
75歳を一区切りに、「快楽」と「安楽」の視点から考える

 高齢者市場に一層の注目が集まった約15年前、団塊の世代は定年を迎えていた。時間(トキ)持ち、金持ち層≒シニアとして市場が湧き、多くの事業者が高齢者市場に取り組んだ話は、幾度となくお伝えしてきた。当時、話題にあがったのは豪華客船や豪華列車による旅、バリアフリー・耐震・断熱リフォーム、自由時間を楽しむための趣味や集い場のためのリフォーム、運動+医療による健康増進サービスなど。バリアフリーや耐震・断熱リフォーム以外は、いわゆる「ときめき消費」。旅行/外食/買い物、趣味のイベント参加など、行動力のある若い高齢者向けが大半だった。

 そして今、彼らすべてが75歳を超え、75歳超シニアはますます増えている。これからも増加の一途にある。

~2020年:人口推計 および2025年~:国立社会保障・人口問題研究所 人口問題研究資料第347号 令和5年推計 日本の将来推計人口令和5年8月31日(出生中位(死亡中位)推計 より作成

 加齢によって誰もができることが減り、喪失が増えていく年代でもある。もちろん元気な高齢者は増え、寿命も延びているが、75歳超ともなると変化は生じやすい。健康面、行動力、人間関係など、どうしても脆弱になっていく。
 今までと同じ条件で「楽しい」を感じることができるのだろうか?と考えると、 「75歳超の楽しみ」を探索、提案することは社会的にも市場的にも有意義であり有望。
 75歳超シニアに向けた「楽しい」市場の見方、提案の切り口、可能性を探ってみる。

これまでの「楽しさ」提案を
「快楽」と「安楽」に分けてみる

 「楽しい」のとらえ方には、二方向あると思う。一つは「快楽」、もう一つは「安楽」。
 快楽というと、「一時的な楽しさやときめき、刺激」を想像する。たとえば旅行、外食、趣味やグッズ集め、推し活、孫とのイベントなど、感情的には「ワクワク」「うれしい」「高揚」する気持ちを伴う。
 安楽というと、「ホッとする・不安が減る、安心で、寛げて、何となく楽しい」を考える。テレビやラジオ、読書や映画。犬の散歩やゆっくり風呂に入ること、一人で完結できる手芸やパズルは、感情的には「ホッ」として、「楽」でいられて、ちょっとした喜びや驚きも感じることができる。

*ちなみに、ここでいう安楽は“安楽死”につながる意味は含めておらず、『楽で安心でいられる』の意味

 ジェットコースターやお化け屋敷なのか、日だまりベンチやいつものラジオ体操なのか。従来のシニアにとっての楽しみも、「快楽」と「安楽」とに分けることができる。
 そしてこれまでシニア市場の発展は「快楽」重視で「安楽」は既存のものでよい、目新しいものはない。というスタンスで取り組まれてきたように思う。

※写真はイメージです。

 しかし歳を重ねて身体的・精神的・社会的制約や変化が増えるほど、従来の「快楽」提案だけでは満たされず、また安楽のバランスの取り方が人生の質を左右するのではないだろうか。ここに新しい提案のニーズが生まれてくると考えられる。

身体的変化、社会生活の変化から
求められる新しい「楽しさ」

 75歳を超えるあたりから、徐々に身体的、精神的、社会的変化が生じる。個人差はあっても脆弱になることは避けられず、「一時的な楽しさやときめき、刺激」を得る楽しさ、「快楽」を享受することが難しくなってくる。一方で団塊の世代の方たちが「ホッとする・不安が減る、安心で、寛げて、何となく楽しい」従来からの「安楽」だけで満足できるなら、約15年前に注目された数々の商材が花開くことはなかっただろう。現在の75歳超の方たちの多くは高齢期に入ってなお既に、様々な楽しみ方を経験してこられている。
 75歳超となった今、それまでのフルパワーでは続けにくい。だけど「楽しく過ごせる人生」であることは、誰にとっても重要。だからこそ、新たな楽しみを開発していくことが必要だ。「75歳超の楽しみ」とはどういう側面や心理から醸成されるのか、分解していくことで新しい商材の方向性が見えてくる。

 この時期、自分の感覚だけによる楽しさだけではなく人との関りから得られる楽しさも重要度が増してくる。もちろんこれまでも仲間との集いから楽しさが増すことは多々あっただろう。しかし75歳超ともなると、多くの人は仕事や子育てといった大きな社会的役割はすでに手を離れている。名刺の肩書きや親・配偶者いった役割が薄れ、親しい人との死別も経験してきている。また身体機能の低下なども重なりやすく、加齢を強く自覚することも少なくない。
 そうした変化から、「自分ができること」「誰かの役に立っていること」「誰かとつながっていること」は、重要な要素。ポジティブな感情に大きく寄与する。

高齢期に顕著になってくる
価値、「利他/やりがい」

 発達心理学において、高齢期は利他性が高まると言われている。
 それは高齢期に生じる変化から見ても、ごく自然なことのように思われる。
 年齢を重ねるに従い、多くの人は社会的役割が薄れている。一方で自分がここにいていい、という実感や手ごたえは生きていくためにとても大切。つまり身体的、精神的、社会的変化がより大きくなり、活動範囲が狭小になる高齢期ほど人との関りや、“人の役にたつこと”の価値が相対的に高くなる。「自分はまだ誰かの役に立てている」「日々、誰かとつながっている」という手ごたえを得られる、「利他/やりがい」という価値に重きを置く。

 75歳超の「楽しさ」開発に、以下のような軸をつくってみた。

 ひとつは、「安楽(静かな行動/まったりする)」と「快楽(挑戦する/ワクワクする)」軸、もうひとつは「利他/やりがい」と「自分のため/感覚中心」の軸を用いている。“感覚中心”とは自分の五感からのフィードバックで得る楽しさ。“やりがい”といった他人との関りからのフィードバックで得る楽しさとの対立項として、項目だてとした。
 現在既に商材として存在している「楽しい」をマッピングし、さらに考えられる「楽しい」ことを書き加えると、以下のように整理できる。

75歳超シニアが行動しやすい
仕掛けが望まれる、「利他/やりがい」ゾーン

 15~20年前に盛り上がったシニア向け、ど真ん中にあたる事業は右下部分。左下部分は静かに、自分一人でも完結でき、従来からあるニーズであり商材も存在する。ニーズも既存品も目に見えているからか、提供する財・サービスも増えてきている。(例:さまざまなパズルや塗り絵、手芸やボードゲーム)

 一方で上半分にあたる財・サービスは、「利他/やりがい」をもたらすゾーン。そのうち左半分は、無理なく・ゆるく・それでも誰かの役に立つ活動をあげている。誰もが行動可能である一方、実際の行動には本人の性格も影響したり、ちょっとした勇気やきっかけのある・なしが作用したりする。右半分は、「やる側もワクワク、でも責任もある」ゾーン。これも本人の性格や、ちょっとした勇気やきっかけのある・なしが影響する。しかもより大きな力が必要だ。
 ここで「ウォーキング」「ジム利用」「シニア大学」を例に、新しい「楽しい」開発を考えてみる。

「楽しみ方」の展開を設計すると
利用が長期化。成果も拡大

 「ウォーキング」、「ジム利用」、「シニア大学」いずれも、ひとりで始められる活動だ。しかしいずれも仲間を得たり、利他/やりがいを実現することも可能である。

 たとえば「ウォーキング」に目標設定やボランティア要素を加えると、挑戦やワクワク感がでてきたり利他性ややりがいが生まれたりする。「パトラン」という、ランニングしながらパトロールする活動が既に存在している。ウォーキングに見守り活動や留守家庭の犬の散歩を引き受ける仕組をつくれば、ひとりや夫婦で歩くだけより、楽しさが広がる。ウォーキングシューズやウェアの提供企業が仕組みをつくったり、トリマー事業者が顧客サービスとして企画したりできるかもしれない。
 もちろん安全面やマッチングの課題など解決しなければならない課題はたくさんあるだろうが、自社の取扱品の活性化とシニアの楽しみを叶える企画を編み出せれば、新しい市場も生まれそうだ。

 高齢者の「ジム利用」に仲間や指導者との協働活動を設計すれば、右上に広がる。既に見受けられる仲間とトレーニングする少人数制クラスなどに、高齢者の利用をより意識したメニューを開発することもできるのではないだろうか。(参考:過去記事:ペロトンの取り組みを紹介している「今の健康支援アプリに欠けているのは、「社会とのつながり」」)

 各地で展開されている「シニア大学」※は、学びの場であるが、仲間づくりの場でもある。昔は高齢者が生涯学習によって健康や生きがいを得るためだけの場であったが、現在は、多くの自治体は地域づくりや地域活性化の装置として考えている。学んだことを活かして、地域の課題解決のリーダーとして送り出したいと取り組んでいる。

※シニア大学:かつては自治体の直接運営が多かったが、財政難から事業委託が増えている。現在の名称はシニアカレッジや高齢者大学など、地域によって異なる。

 既存事業を75歳超シニア向けに展開していくことで、事業を広げていくことも可能ではないだろうか?
 もう10年近く前の話だが、スマホやタブレットをシニアにも提案したいと考えた携帯キャリアの販売会社は、あるシニアカレッジでスマホ教室を開講した。相当な人気で、なかなか受講できなかったと聞く。現在は当該シニアカレッジがシニアのボランティア講師を育てながら、自分たちですべてを運営している。人に教える体制を整えて、スマホ活用を広げてくれている。
 運営しているシニアたちにしてみれば、「やってみたら楽しかった。『ありがとう』なんて言われて、みんなもやりたいって言うし…続けなくちゃ…」。そんな流れで、結果的に、自動的に、シニアの顧客拡大に寄与しているのではないかと推測できる。

 団塊の世代が加わって、さらにしらけ世代、バブル世代、団塊ジュニア世代と75歳になっていくことを考えると、75歳超シニアが享受しやすい「楽しい」開発は急がれる。

シニアマーケティング研究室 石山温子