年を取ると時間が過ぎるのが早い、一年があっと過ぎる…。シニアからよく聞く言葉である。私自身もその思いが強い。このことの説明の一つとして、心理学では「身体的代謝」と「感じられる時間の長さ」との関係が挙げられている。
『感じられる時間の長さに影響を及ぼす要因には身体的な代謝を挙げることもできます。同じ長さの時間であっても,代謝が激しいときには長く,逆に代謝が落ちているときには短く感じられます(公社)日本心理学会HP 「心理学Q&A」より』(※図1)
つまり、加齢などにより身体的代謝が落ちてくると、身体的代謝が激しい若いときに比べ、時間が短く感じられるということになる。
また「人は、年老いて自分の役割が少なくなるにつれて、過ごす時間の長さを苦痛に感じさせないよう、時間が短く感じられる用にできている」という説もある。若いときに恋人を待つのは「一日千秋」だが、年を取ると昨年の桜がついこの前のように「光陰矢のごとし」となる。
なぜこんな話をするかというと、シニアの消費は「モノ消費」ではなく、「コト消費」であり、「タメ消費」であり、そしてその「モノ・タメ」にまつわる「トキ消費」であると考えるからだ。
シニアは「カネ持ち」であるとともに「トキ持ち」でもあるといわれる。(財)シニアルネサンス財団は定年後の自由時間を試算し、
◆学校卒業から定年を迎えるまでの38年間に働いた時間は
12時間×5日×50週×38年=11万4000時間(残業、通勤時間も含んでいる?)
◆定年後の自由時間は
14時間×365日×22年=11万2420時間
・14時間は1日24時間から睡眠、食事、入浴等を引いた自由時間。
・22年は60歳男性の平均余命。
働いいていた時間とほぼ同じとして、定年後の長い時間の過ごし方の重要性を指摘している。
年を重ねると人はモノに対する執着が弱くなる。モノに対する「ときめき」がなくなってくる。もちろん例外はあるのだが。ではモノに代わってシニアが喜んだり、大切に思ったりするものはなにか。それは「コト」であり、「タメ」であり、それにまつわる「トキ」にである。
旅行に代表される「コト消費」、孫に注がれる「タメ消費」、いずれもその「トキ」を楽しむためのものである。何か形になって残るモノではない。だから、シニアに訴えるときにいかに楽しい、充実感や安心感のある「トキ」を過ごせるか、持てるか、思い出として残るかが重要になる。
旅行や食事といったサービスだけではなく、製品であってもそのことの重要さは変わらない。例えばシニアのリフォームを考えてみよう。
定年を迎え、退職金を使って、人生で最後の大きな買い物、と言う人も少なく無いはずだ。ではシニアにどんなアプローチをすればよいだろうか。バリアフリーはもちろん大切だ。しかし、手すりや階段、エレベーターを訴えるのではなく、年老いて夫婦二人だけで、誰にも迷惑をかけず(ヘルパーはそれが仕事なので迷惑にはあたらない)安心にトキを過ごせる幸せを言うべきである。
素敵なキッチンは、デザインや使いやすさはもちろんだが、やってくる息子や娘、その子どもたちと食事をして過ごす、なにより嬉しい「トキ」を自分ゴトにしてもらえる場としてアピールしたい。
テレビだったらどうだろう。映しだされる世界の街角が、かつて訪れたトキの感動や弾んだ気持ち、一緒にいた人と共有したトキを反芻できるほどリアルな画像であれば、高価な4Kでも惜しくはないだろう。
ちなみにシニアは年齢が上がるに従って、知らない場所よりも訪れた事がある場所について興味を示すようになる。年齢的に行きたくてもいけない場所より、行った思い出のある場所を見るほうが自分ゴトになるからだ。
また、Skypeなどの「テレビ電話」で離れた場所にいる(車で10分のところも同じだ)子どもや孫との会話は何より楽しいトキになる。視力が衰えてきたシニアには大きな画面は嬉しいだろう。臨場感も楽しめる。大画面は映画やゲームのためだけのものではない。メーカーもそんな提案を始めている。
短く感じられるシニアの「トキ」。「あと、こんなに残っているのか、もう、これだけしか残っていないのか」…有名なスコッチウィスキーの広告ではないが、同じ人でもその時々によってトキに対する思いはかわる。いずれにしても、どれだけ愉しく、有意義な「トキ」を提供できるかがシニアマーケティグの大切な課題だ。
高価な貴金属も、豪華な邸宅も、預金通帳も冥土には持って行けない。冥土の土産に持って行けるのは、楽しかった「トキ」の思い出ではないだろうか。
日本SPセンター シニアマーケティング研究室 室長 倉内直也
2024年10月30日
2024年9月25日
2024年8月21日