高齢化が進む中で自社の製品やサービスをどのように適応、進化させていくべきかと悩んでいるマーケターに、対応策を考えるヒントとして、マーケットを以下の3つの型に分けてみることを提案したい。
そのために各型の事例を見ながら考えてみよう。
1.拡張型
シニア世代の人口(比率)が増え、それに伴ってこれまであったマーケットが増大するケース。
2.転換型
高齢化、少子化が進み、製品やサービスのマーケットが減少、場合によっては消滅するケース。
3.創造型
加齢や生活環境、社会環境の変化によって新しいマーケットが生み出されるケース。
1の「拡張型」の製品、サービスは高齢化が進むほどマーケットは増大する。
その代表は医薬・医療品。2014年の国民の医療費は約41兆円に達するが、そのうち75歳以上の後期高齢者だけで14.5兆円。この5年で約2.2兆円も増加している。
まもなく高齢者の医療費が国民全体の半数を超えると予想されている。介護にまつわる費用も増大し続けている。また、寿命と健康寿命のギャップが広がる中で、症状改善や健康維持のためのサプリメントなどのマーケットも同様だ。
よく引き合いに出されるデータだが、介護用の「おしめ」は2013年に(1590億円)、子供用のそれ(1390億円、いずれもユニ・チャーム調べ)を追い抜いた。その時点で要介護3以上の高齢者は193万人に対して、ゼロ歳児は100万人超だから当然である。
これが2015年にはゼロ歳児は100万人超で変わらないが、要介護3以上の高齢者は215万人に増加している(厚労省:介護保険事業状況報告 平成27年12月)。その差は開くばかりである。
一方、数は増加するが社会環境の変化で単価が下落し、マーケット自体は拡大しないものもある。
例えば葬儀。2014年は約127万人が亡くなっている。5年前から25万も増えているが、マーケットは伸び悩んでいる。
これは家族形態や葬儀に対する意識の変化から「家族葬」「直葬」が増え、葬儀の単価が大きく下がっているからである。高齢化にとどまらず核家族化の進展による「家族間の繋がりの希薄化」が影響している。このような面にも眼を向けておかねばならない。
「拡張型」の製品、サービスはマーケットが拡大している分、競争も激しい。しかも、シニア向けではどの製品やサービスを選択するかを決めるのは本人でないケースが多い、という点に注意が必要だ。
利用するのはシニアであっても購入するのは医師であったり、介護者であったり、葬儀の場合は施主であったりする。シニアのニーズだけでなく、その他のステークフォルダーのニーズも見逃してはならない。
数だけに頼るのは危険だ。シニアも2042年の3878万人をピークに減少してゆく。それに合わせ需要も減少に転じることになるだろう。
このマーケットでは自社の製品やサービスを選んでもらうため、シニアに向けての表現戦略をきちんと構築し「わかりやすく」伝えることに心砕かなくてはならない。
【参照】わかりやすいのが一番! 『イオンのお葬式』 ―シニアマーケティング成功事例 (4)
【参照】楽天トラベル EXPO2015でシニア向け表現戦略セミナーを実施
2の「転換型」の典型は子供向けの学習塾や通信教育事業。幼児教育で有名な「KUMON(公文教育研究会)」は現在、全国で1万6400教室を展開しているが、少子化、高齢化に備えて、認知症の予防改善のための「学習療法」の普及に力を入れている。
2004年にスタートし、2014年には12,000人以上の高齢者が学んでいる(KUMONのHPより)。その他、学研ホールディングスやベネッセコーポレーションは介護・福祉施設の分野に進出し、介護業界大手になりつつあるのはご存知の通りである。大学も例外ではない。シニアを対象とした生涯学習コースを設けたり、通信教育課程の充実を図っている。
【参照】シニアの「学び」好き ―「学び」の意欲をマーケティングに取り込む
運転教習所のサービスも同様だ。運転免許取得者は年齢人口と確実にリンクしている。18歳の人口が減れば、教習サービスを受ける人は減る。運転免許試験の受験者数は平成16年の約390万人から同25年の約290万人へと、10年で約100万人減っている(警察庁 平成25年版「運転免許統計」)。
車は乗り換えの需要が発生するが、教習はほとんどが一生に1回しか受けないので、最も少子化の影響を受けることになる。そこで教習所は、そのリソースを利用して75歳以上の免許更新に必要な講習予備検査と高齢者講習を各都道府県の公安委員会から受託している。少子化で減少する運転教習ニーズを増大する高齢者教習ニーズに転換している例と言える。
この型のポイントは現在の主力事業での「シーズ」(資産、ノウハウ、人材など)をシニアの「ニーズ」にどう上手く活かせるかにある。そのためにはシニアに対する知見を持った眼で、自らの「シーズ」を棚卸して、シニアの「ニーズ」を分析し、どのようにフィットさせるか考えを巡らす必要がある。
3の「創造型」はシニアならではのニーズを発見し、それに対応した製品やサービスを創出するもの。
例えば象印魔法瓶が展開している、ジャーポットを利用したシニアの見守りサービス「みまもりほっとラインi-pot」。この種のサービスは話題になるが利用者が少なく、いつの間にか消えていることが多い。そんな中で14年のサービス実績があり、10000件を超える累計契約数は、このサービスがシニアとその周りの人々から支持されている証拠である。
このサービスの成功の理由はいろいろあるが、簡単に言うと、シニアの切実なニーズに着目し、インターネットという「ハイテク」をジャーポットという「ローテク」に上手く結びつけ、シニアの暮らしになじませたことだといえる。詳しくは「みまもりほっとライン誕生秘話」をご覧いただきたい。
【参照】「ハイテクをロートク(老得)に」 BUFFALO 『おもいでばこ』―シニアマーケティング成功事例 (1)
一方、高齢化する社会に対応するため、国を挙げて取り組んでいる事業に介護ロボットがある。その一つが平成22~23年度に実施された神奈川県の「介護・医療分野ロボット普及推進モデル事業」だ。
その報告書を見ると多くの事業者が参加し、実証実験を行っているが、介護を受ける側、介護を行う側(主に介護事業者)ともに評価は厳しい。もちろん大変難しい重大なテーマであるので、そうやすやすと行くはずもないだろう。ただみまもりホットラインが「おばあさんの『ポットが我が子のように可愛い』という一言」(上記、誕生秘話より)を生み出したような発想の転換が必要かもしれない。
新しいマーケットは新しいテクノロジーが生み出す。シニアマーケットにも新しいテクノロジーは欠かせない。ただ、そのテクノロジーにシニアの思いを理解して、シニアが受け入れやすく「発酵」させることも大切だろう。
日本SPセンター シニアマーケティング研究室 倉内直也
2024年9月25日
2024年8月21日
2024年6月7日