高齢期に移行していく中で、身体的、精神的、社会的変化が生じ、生活にも変化が生じることは誰もが認識しているところ。中でも身体的な変化は精神面にも社会生活にも変化を生じさせることが多く、生活全体に大きな影響をあたえうる。
「できれば“ピンピンコロリ”がよい」という人は多いだろうが、実際は難しい。結局、多くの人にできることは、「急激な変化はなくマイルドな加齢。おだやかで幸せな高齢期をめざす」というところだろうか。
加齢に伴う変化、たとえば身体に生じがちなことや疾病リスクの増大、定年やこどもの結婚・独立など不可避なできごとに対する準備について、多くの場面で語られている。
さてそのときの住まいは、どうだろう?
高齢期には趣味を楽しむ家にする、人を呼びやすい家にする、より高齢期を考えてバリアフリーにするなど多くの提案を聞く。医療や介護を受けやすい居住地であるとか、それらのサービスを自宅で受けやすい造りであるとか、地域コミュニティとつながりがあることも取り上げられる。望ましい住まいは家単体に加えて周りとの関係性など、必要なことが多種多様にある。あるいは高齢者施設への移住、という方法もある。
どこにどう住むかは生活のベースであり、身体的・精神的・社会的にも大きな変化を生じる。あるいは「身体・精神・社会」の変化が、どこにどう住むかに影響も与える。
今回はこれらの要素の変化も含めて、高齢期の住まい/生活の場について考えてみる。
60代は「介護を受けられる施設へ入居」を考え
70代は「自宅」、80歳超は再び施設を考える
「身体が虚弱化してきたら住宅の改修をどうするか」(複数回答)という問いに対して、高齢者は年齢に関係なく全体的に「現在の住居に、とくに改修などはせずそのまま住み続けたい」が一番多い。65-69歳で見ると、2番目は「介護を受けられる特別養護老人ホームなどの施設に入居する」。3番目に「現在の住宅を改修し住みやすくする」。そして「介護を受けられる有料老人ホームなどの施設に入居する」「サービス付き高齢者向け住宅に入居する」と続き、全体的に施設でのくらしを挙げる人は多い。そしてどこにどう住むか、多様な方向性をあげているのもこの年代の特徴だ。
回答は複数選択が可能である。合計値が多いということは、それだけ多くの人がいろいろな方向性を考えているということだ。

70代に入ると、自宅を起点とした住まい方を上げる人が多くなる。そして合計値は減少。中でも「改修済み」は微増、「改修するつもり」は減少。70代は自宅改修をすませたり高齢期について家族で話し合ったりして、今後の住まい方について方向性を決め終えている人が増えているのかもしれない。
一方、80歳超では「自宅」を起点とする希望が減少し、より多くの方が自宅外での方向性を考えるようになっている。中でも85歳を超えると「介護を受けられる」施設を考えている人が急増する。
こうした変化は本人あるいはパートナーに大きな変化が生じているからではないか、と推測される。
加齢とともに考え方が変化していく背景には
「自分でできること」が減少していくことにある
高齢になるにつれ、歩ける距離が短くなったり階段が辛くなったりする。実際のデータを見ると、以下のように70-74、75-79歳辺りから歩く/階段を上るのが難しい、という人が多い。

ただし「歩く」「階段を上る」ことは、ある程度避けながら日常生活を送ることも可能ではある。自宅の2階は使っていない、あるいは寝るときしか使っていない(トイレは2階にも設けている)、という80代の声はよく聞く。
一方で身の回りのこと(身体を洗う、衣服を着るようなこと)のように日常生活で欠かせない行動は、70代では85%前後の方はできるという。
それが80-84歳になると4人に1人、85歳以上では約半数以上が難しくなる。

こうした生活の基本を支える身体状況の違いが、70代と80代の住まい・住み方に対する考え方の違いに繋がっているのだろう。70~79歳はまだ自宅をベースに考えられるのに対して、80代では自宅ベースと考える人が減少し多様な方法を考える人が増えざるを得ない。
現代の高齢者は、80歳になっていよいよ不自由を伴い、高齢者としての注意や自覚が強くなる。生活の場に必要なことが大きく変化し始め、次の住み方を考える。
周囲の声を聞くと確かに、80歳ころまで自宅で夫婦二人暮しをしていたけれど夫・妻の持病が悪化したり、小さな病気やケガから筋力が衰えて回復後もそれ以前通りにできることが少なくなったり、認知症症状への対応が難しくなってきたり。日常生活に大きな変化が生じている話は枚挙にいとまがない。(参照「誰もが自宅・地域で、長く暮らしたい 80代の市場を考える)
しかも高齢者だけで暮している方が多く、この時点では結構、切羽詰まった状況になっているのではないだろうか。
70代では自覚が低く、準備に至らず
結果、80歳超で急ぎ決定。それでいいのか?
もともと高齢者は「予備力*」「回復力」「適応力」「防衛力」が低下しており、ちょっとしたことで大きな変化が生じやすい。回復には、結構な時間と努力を要する。
*予備力とは、ある機能について最大能力と平常の生命活動を営むのに必要な能力との差。予備力が低下すると、平常以上の活動を必要とする事態が生じたときに対応できない。たとえば肺活量が低下すると、普段歩くときはなんともないが走ったり階段を上がったりすると息が切れる。防衛力が低下すると咄嗟に動けなかったり、免疫機能が低下して病原体の侵入に抵抗力が弱くなったり、疲労からの回復力が低下する。
新しい住まい方を検討するにしても、虚弱化しているときに合理的かつ心に沿う判断を行うのは難しいだろう。高齢者自身が決める場合だけでなく、子世代が決める場合も拙速な検討で決めることは薦められない。虚弱化した老親を前に慌てて決めて親との関係性を損なったり、結果として親の健康を悪くしたりする場合もあり、後々悔いることもありえる。

最期まで自宅を望む人は多い。そのつもりで自宅の改修などを進めてきても80歳を超えて予想外に生活環境が変化し、新たな方策が必要になる場合もある。この年代になって新しい状況を理解し考え何かを決定する。情報を集めたり信頼できる相手を見つけたりすることは、骨の折れる仕事だ。
であるならば、高齢者の住み替えや高齢者施設を提案する事業者は、自宅生活を支援することから始めてはどうだろう?
少し不自由が表れてきた。でもヘルプがあれば自宅で過ごせる。こういった段階から、高齢者のくらしに関わる仕組みを整えるのだ。
高齢者も自分に対して自信を持っている頃なら、提供してくれる相手をよく知り、判断することもできる。信頼関係も築きやすい。生活を手助けしてくれている相手に、必要に応じて新しい相談も行いやすい。場合によっては、次の住まい・住み方をお願いする土台にもなるかもしれない。
住まい事業は生活事業
始まっている多角的サービス
くらしを見守り、地域とのつながりづくりを支援し、変化に応じて介護や看護のサービスにつなげる体制まで整えた住まいを提案する事業も、始まっている(例:MIKAWYA21による「まごころアパート松葉台」)。
MIKAWAYA21は長年、高齢者のくらしをコンシェルジュ的にサポートする「まごころサポート」を展開してきている。高齢者が自宅で長く暮らせる支援方法を構築し、FC展開するなど、さまざまな取り組みを行ってきている。それら蓄積があってこその居住場所運営のように、見受けられる。住まい方の提案が培われてきた先に、住まいの提案が行われている。(MIKAWAYA21の取り組みについて過去記事 なぜ80歳超高齢者も保有資産を使わないのか? 80代・90代の市場性を考えるで、一部紹介)

R65不動産は65歳からの部屋探し支援を専門とし、オーナーが高齢者に住居を貸しやすくなる「安心見守りパック」を提供。死後の残置物の処理等の問題も含めて、見守りなど高齢居住者の対応準備を次々と整えていっている。
「住宅」「施設」といった住まいとしての事業だけではなく、生活事業としてとらえていくと時間軸で展開できることが多々、考えられる。「高齢者等終身サポート事業」といった新しい分野も登場している。住まい、施設といった範囲から少しはみ出して生活事業として考えれば、「身体・精神・社会」の変化から発生する「どこにどう住むか」の相談相手にもなりうるし、選ばれる事業者にもなりえるかもしれない。
株式会社日本SPセンター シニアマーケティング研究室 石山温子
2025年12月3日
2025年11月14日
2025年10月27日